GATE | エキセントリックギャラクシーハードボイルドロマンス         

エキセントリックギャラクシーハードボイルドロマンス         

〜文学、お笑い、オートバイを愛する気高く孤独な三十路独身男の魂の軌跡〜 by久留米の爪切り



楕円の窓と入り口は、スモーク貼りみたいになっていて、外からは本当に営業しているかどうか確かめることが出来なかった。


不安を抱えながら恐る恐るドアに手を触れた。ピンクの公衆電話が先ず目に入り、カウンターテーブルが奥まで真っ直ぐ伸びている。全体に木の質感に彩られたシックな雰囲気はまさにザ・喫茶店といった感じだ。カウンターの内側には、親子らしき鹿の剥製がどんと鎮座し、その上に猟銃が飾られている。隣りには鳥もいる。壁にはパッチワークで富士山やら動物やらが表現され、額に入れられている。折り紙、キューピーの小さな人形も置いてあったりする。書道教室の貼り紙がある。かなり絞った音量でラジカセから桑田圭祐の独特な歌声が流れる。果たして統一感があるのか無いのか分からず少し混乱する。


で、人影が無い。


突き当りにドアがあって、半分以上開いている。覗くとテーブルと椅子があって、白いビニール袋が見える。テレビの音声らしきノイズもそこから響き漏れ聞こえているようだ。いや、漏れるという音量じゃない。普通に聞こえる音量だ。ラジカセを余裕で掻き消すくらいで、シックな店内に似つかわしくない俗臭漂う音が大きく響いている。その開いたドアに向かって、すいませーん、と負けじと大きめに声を放った。


私が訪れたのは久留米市六ツ門町10-28、回転寿司しげなが隣りにある喫茶店「門」だった。漱石なのか五木寛之なのか文学的な店名に心が躍ってしまう。



のっそり姿を現した、白髪混じりのM字型短髪が渋い痩身の店主に、私は「コーヒー・ケーキセット」を下さい、と言った。ワンコイン500円と非常にお得なプライスだ。彼はカウンター内で水道の蛇口を捻り、何かの作業に没頭しており、その際に生じるジャーッという音が邪魔をして、私は注文を告げるタイミングを見計らうことに少々苦労した。



ケーキはチーズケーキだった。良かった。私の好むケーキである。良く冷蔵されている、もしかすると冷凍なのか、上部は氷の粒が入っているように、シャクシャクとした食感、噛み応えがあった。冷涼で爽やかな夏に相応しいケーキを楽しめた。



コーヒーが提供される。カップに「門」と刻印されている。ちょいと小振りに見える。飲んだら、割と苦いな、そう私は思ったが、コーヒーが苦いのはきっと誰でも知っている周知の事実だろう。



洒落た銀の器にホイップクリームが盛られている。触ると、とても冷たい。甘さは抑制されている。これでウィンナー・コーヒーを満喫できるってわけだ。ウインナーコーヒー で検索したら余り面白くない画像がたくさんヒットする。レベルの低い笑いだ。同じこと思い浮かべた私もきっとセンスに欠けるつまらない大衆の一人に過ぎないのだろう。オーストリアのウィーン風のコーヒーって事らしい。



驚くべきことであろう。ここではコーヒーおかわりがサービスなのだ。このご時世に素晴らしい。500円で果たして儲けが出るのだろうか。ワンコインで相当粘られるのではないか。客である私としては嬉しい以外の感情は湧かないが。ただ一点、難関なのは、ケーキとコーヒーの提供を終えると、さっさと奥のテレビが鳴る部屋に引っ込んでしまった店主を呼び戻さなくてはならないことだった。すいません、と私は三回言った。その合間に小さな声で、あれ聞こえんかな、と独り言を挟んだ。


「…アッ」


目が合うと、それだけ発した店主に私はおかわりを頼んだ。コーヒーを置くと店主はまたそそくさ奥に引っ込む。私は彼の束の間のリラックスタイムを蹂躙する闖入者と見做されてはいないだろうか、と不安が襲う。考え過ぎかと煙草に火を点け、目を細め紫煙の流れを見遣った。灰色がゆっくりと空気中に溶けるように消えていく。



コーヒー専門店 / 西鉄久留米駅花畑駅
夜総合点★★★☆☆ 3.8