悲しみはきっとそこで生まれてる | エキセントリックギャラクシーハードボイルドロマンス         

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〜文学、お笑い、オートバイを愛する気高く孤独な三十路独身男の魂の軌跡〜 by久留米の爪切り

「なにか、わたし間違えましたか?」


鼻の横に見える小さな黒子がキュートで抑制の効いた茶髪に色落ちしたジーンズが良く似合っている。ポップなスニーカーの色合いが未だおばちゃんと呼ばれることを拒んでいそうな若々しい印象を与えるパート女性従業員はさも不思議そうな顔で、俺の眼を覗き込むようにして、そう言った。俺は無意識に笑っていたらしい。自己防衛本能が働いていたのかも知れない。


「…いえ、金が足らんのです」


俺は沈思黙考の末、断腸の思いで「塩バニラロールケーキ」を棚に戻して呉れるよう女性従業員へ要請した。食後のデザートの積りで籠に入れた商品だった。俺は悲しかった。惨めだった。硬貨が数枚不足していたのだ。悲しみはマックスバリュ櫛原店 のレジカウンターで生じていた。俺は簡単な計算、足し算すらまともに出来ない馬鹿者なのか。


(…違う)

元凶は、この弁当だ。大きな肩掛け鞄の中に、傾かないようになるべく平行に仕舞っている「ステーキ弁当」のせいなのだ。



道すがら、久留米市東櫛原町1185-1で見つけてしまったのだ。昼前、細かな雨粒に身体をうっすらと濡らし愛用の自転車で駆け抜けていた俺は。その魅力的な心躍る看板を。



「炭焼スモークチキンステーキ弁当」350円という表示だった。俺の指先はごく自然にブレーキレバーを引いていた。



俺はメニュー表を再確認した。嘘ではないか、と疑っていた。余りに安すぎると思った。どこかに落とし穴が仕組まれている気がしたのだ。しかし、目を凝らしてメニュー表を見つめても、350円は矢張り本当のようだ。俺は店内へ足を踏み入れる。


「福の鳥」さんだった。


その時、財布には千円札が一枚きりだった。350円なら問題ない。650円がバックされるわけだ。650円は間違いなく大金である。マックスバリュなら富豪気分で買い物をエンジョイ出来る額だ。俺は意気揚々と注文を告げ、千円札をカルトンへ置いた。


「378円でーす」


まさかの税別表示だった…。悲しみは28円の差が生んでいたのだ。嗚呼、消費税。



アパートメントハウスに戻り、濡れた身体をタオルでさっと拭いてから、俺は早速、弁当を広げた。鞄の中で徐々に冷たくなっていくそれは、なるべく早く片付ける必要があった。電子レンジの世話にはなりたくなかった。


透明ビニールの袋にタレが詰められている。縛られたビニールは上へ引っ張るとするりと解ける。網目状に焼き色が付いた白い肉へタレを絞り出すようにまんべんなくかける。玉葱をすりつぶしてあるようでビニールの側面にへばり付き全部は容易には下へ落ちてくれない。


肉は8切れか9切れくらいあった。口に入れた瞬間、俺は、冷たいな、と思った。保存食的な感じだ。燻製という言葉が過ぎる。アウトドアが似合いそうな肉だ。キャンプツーリングで夜空の星を見上げながら焚火の炎の前で食べたい肉だ。しっとりしていて柔らかすぎず、何だかヘルシーな気分になった。タレはさっぱりした上品な醤油味で、最後にちゅっと啜っても、喉にも腹にも全く負担が無かった。ご飯は固めに炊かれていた。肉バウンドを試みるには丁度いい固さかも知れない。千切りキャベツはコールスローと呼んでいいのか、酸っぱく味付けされている。そして黄色い沢庵、これは最高だ。あのイチロー選手も愛してやまないらしい。ぽりぽり齧るだけだ。何も言うことは無い。


弁当を堪能した俺だが、暫くマックスバリュでの買い物は憚られる。慙愧に堪えぬ。


炭焼スモークチキン 福の鳥焼き鳥 / 櫛原駅
昼総合点★★★☆☆ 3.6