昼時というにはまだ早い時間だったけれど、薄暗く和を感じさせる雰囲気の落ち着いた店内は、スーツ姿のサラリーマンや妙齢の婦人、老人たちでそこそこ埋まっていた。
西鉄久留米駅2F、味のタウン一角にある「おみき茶屋
」さんだ。「茶屋」という響きがいい。峠越えする武士が団子と茶で束の間の休息をとっていると、悪人どもがいたいけな娘に狼藉を働くのを目撃、鮮やかな剣捌きで悪人を成敗、助けられた娘、武士に惚れる、そんなイメージを思い浮かべる。そういえば、他人のブログの自己紹介を覗いていると(僕は暇を持て余しているのだ。かなり)、先祖は何だと思う?という設問に対して、「武士」と答えているブロガーが余りに多い事に僕は辟易してしまっている。
(…んなわけあるかっ!てめえらなんざ全員哀れな小作人の末裔なんだよ。ヒーヒー言いながら年貢納めてたんだろうよ。一部の特権階級だったなんてのぼせ上がるな。すっとこどっこい)
心中毒づきながら僕はパソコン画面を眺める。因みに父の説に依ると、僕の祖先は山賊、だったらしい。峠越えで道に迷った人々の追い剥ぎ行為で生計を立てていたのではないか、と推測している。一族の中には武士の正義の成敗を喰らって果敢無く散ってしまった者もきっといたであろう。
まあ本音を晒せば、僕だって正義の側につきたいわけで、出来れば格好よくスタイリッシュに悪を倒したい。女にちやほやされたい。団子と茶を注文して気分だけでも武士になりたいのである。けれど、それでは腹は膨れないし、そもそも「おみき茶屋
」さんは定食屋で、団子はメニューに無いし(多分)、僕はそんなに団子を好きなわけでも、そんなに進んで食べたいわけでも無い。
僕が食べたかったのは「とり天とじ丼」だった。店頭に、でかでかと掲げられた「久留米どんぶり」という誘い文句につい惹き込まれてしまったのだ。
周囲の客たちはその殆どが定食を注文しているようで、僕より後に入店したけど先に配膳されている人がいる。定食はとってもスピーディーな提供だ。どうやらある程度作り置きされているようだ。メニュー表に、揚げ物使用の丼は15分程度時間が掛かる、と注意書きがされてあった。だから僕は棚にあった下世話な週刊誌を手に取り、芸能人の密会写真、水着姿の女体、扇情的な漫画のページをぱらぱら捲り、それに飽きると、ジーンズを履いた女性店員の後ろ姿を眺めて、綺麗だな、でも左手薬指に指輪が嵌まっているよね、と思ったりしつつ、ただ15分が経つのをじっと待っていた。
それから、小さ目な洗面器くらいの大きさ、蓋をされた状態にて、お吸い物と一緒に「とり天とじ丼」580円が配膳された。
器の直径が大きい。白い湯気がもうもうと立ち上がり、いかにも熱そうだ。僕はまず、お吸い物で舌を濡らす。空っぽの胃袋に熱い液体を注ぎ、消化を促す積り、若しくは敢えて本命を後に残す、焦らしプレイの一環だったのかも知れない。
(…熱い!親子丼!海苔!)
トロトロの卵と鶏肉、普通にうまい。うん、好きな味だ。器の底は予想通り、浅い。肉がしっかりした親子丼という感じだ。斜めに平行線を引くようにマヨネーズを絞り、一味をたっぷりふりかける。少々チープな味にしてしまう。あの日の学食を思い出す懐かしい味だった。
久留米どんぶり、が何を意味するのかは杳として知れなかったけれど。