「キャン、ユー、スピーク、ジャパニーズ?」
滅多に無い事だが、非常に稀にそうした英語の問い合わせ電話が掛かってくる場合があるため、その警備員室にも一応のマニュアルが存在する。アルファベットには勿論、片仮名でルビが振ってある。
「ノー、オンリーイングリッシュ」
無下に、相手から断言されてしまうと、そのまま電話を切りたくなる。天を仰ぎつつ机に貼られたマニュアル通りに、同じ文句を復唱する。日本語に訳すと、「もっとゆっくり喋って下さい」「えっ、なんて言ったの」という意味になる。業を煮やした相手が電話を切って呉れるのを待つしか無い。そんな応答を繰り返されたら国籍を問わず誰だってムカつくに違いない。面と向かって身振り手振りを交えれば、何とかもなるのだろうが、電話での音声に頼るしかない対応は、正確に聴きとる耳も要るし、且つ答えを英語に変換して喋らなければならず、義務教育を終えてから長い年月を隔てた警備士達には、ちと酷な仕事のようだった。
「おいは進行形ぐらいから英語はわからんごつなった。野球のバットば振るとば、スイングちゆうやんね。あれも進行形ね?ingが付いとるやろ。ス・イング、ちゆう意味ね?」
警備士V蔵は、真面目な顔で質問していた。