今日、6月2日は信長公忌、織田信長は、天正10年6月2日(新暦1582年6月21日)本能寺の変で明智光秀に討たれました。その日に因んで、信長と子猫の物語を創作しました。



「信長と子猫の夜」

永禄十二年(1569年)、岐阜城の夜は静寂に包まれていた。織田信長は、天下布武の志を胸に、陣中での戦略を練っていた。蝋燭の灯りが揺れる中、信長の書斮の間に小さな物音が響いた。

「何者だ?」

鋭い声で問いかける信長。だが、そこに現れたのは、刀を構える敵でも、忍びの刺客でもなく、藁屑にまみれた小さな子猫だった。灰色の毛に大きな碧い目、か細い声で「にゃあ」と鳴くその姿は、まるで戦国の世に迷い込んだ妖精のようだった。

信長は一瞬、眉をひそめた。

「ふん、猫か。鷹の餌にでもなるかと思ったが…小さすぎるな。」

そう言いながらも、彼は子猫がよろよろと近づいてくるのを見逃さなかった。子猫は信長の膝元にたどり着くと、力尽きたように丸くなり、かすかに震えていた。

「…大胆不敵な奴め。天下人の前にこうも無防備とは。」

信長は苦笑しつつ、子猫をそっと手に取った。その温もりと軽さに、ふと彼の心に懐かしい記憶がよぎる。幼い頃、母の膝で聞いた物語の中の、優しい生き物たちの姿だった。

「主君、何かご入用か?」

側近の森蘭丸が顔を覗かせたが、信長は手を振って下がらせた。

「いや、よい。この小僧は俺が預かる。」

信長は子猫を懐にしまい、書斮の傍らに置いた毛布の上にそっと寝かせた。子猫は安心したように目を細め、小さな寝息を立て始めた。

「天下を獲るには、まずこのような小さな命を守ることも必要か…。」

信長はつぶやき、普段の厳めしい表情とは異なる、ほのかな笑みを浮かべた。

翌朝、岐阜城の家臣たちは驚いた。信長が自ら子猫に牛乳を分け与え、城の片隅にその居場所を作るよう命じたのだ。

「この猫は、俺の戦に幸運を呼ぶかもしれん。粗末にするな。」

そう言い放つ信長の声には、いつもの威厳と共に、どこか温かな響きがあった。

その子猫は「碧」と名付けられ、岐阜城の一角で大切に育てられた。信長が戦場へ向かう前、ふと碧を撫でる姿を見た家臣たちは、天下人の意外な一面に心を寄せたという。そして、碧の碧い目は、信長の心に小さな安らぎを与え、戦国の嵐の中での一瞬の静寂となった。