我が家の愛犬「保健所犬ジャック」は2007年11月に、保健所から我が家に養子としてやって来ました。
 
子供の頃から、保健所(シェルター)より、愛犬を迎えたいと思っていましたが…。30年ほど前、一緒に働いていたアメリカ人の友人が、たまたま、当時ブリーダーからの愛犬を飼っていた私に、「Ken、駄目だよ、愛犬を家族に迎えるのはシェルターからだよ。アメリカでは当たり前だよ!」と指摘されました。その時、Jリーグで活躍の友達なら当たり前のアルシンド似だった友人の言葉が胸に突き刺さりました。
「友達なら当たり前…」活動をはじめ、いろいろと知る機会があって、確かにアメリカはシェルター(殺処分がある施設で、日本の保健所や愛護センターに当たる)から、犬を家族に迎える事が60%以上と当り前の状況、ですから、そんな社会のベースも有って、最近、アメリカの数々の州で生体販売禁止の法律が成立しています。

自分自身、愛犬を家族に迎える時は、保健所からと決めていましたが、独断で決めるのも本望ではなく、一番は家族として、家族皆んなの意見で迎え入れること。中でも、子供たちに最終判断を任せました。子供たちは、ペットショップを巡り、数々の専門書を見ながら、犬種の様々な特性を調べ、夢を広げました。にも関わらず、当たり前に保健所からの選択をしてくれました。
 
親としては誇らしくもこの上ない経験となりました。
 
 
本犬のジャックは運命だったのか、保健所に唯一収容されていたワンコ。熊の様な真っ黒な幼犬で、直ぐに私に懐いてくれ、その、小さな頃を今も忘れる事はありません。我が家に来て、いろいろな冒険をしました。逃亡癖もあり、みんな一緒かなぁとは思いますが、足が速すぎて、餌にも見向きもせず、捕まえることが出来なくても、最後は必ず自分で戻って来ました。(家の中での放し飼い、年寄りの隙をよく突かれました)
 
圧巻だったのは、逃亡、必死に探しに行くと、近くの幼稚園の園庭で園児たち全員に囲まれてのかけっこ、ジャックはもちろん、園児のみんなが大はしゃぎ…保育士さんに申し訳ありませんでしたが、ジャックは親(私)から離れて、一人のお出掛け、冒険として素晴らしくも楽しい思い出になったのではと思います。(実際には決して、いけない事とはですが)
 
 
 
震災前は海に行ったり、イベントに参加したりと様々な経験もさせて上げる事が出来ました。正に家族の中心でした。
 
震災で苦境に入ると、あまり、良いことはして上げる事は出来ませんでしたが、常に一緒に居てくれるジャックは心の支えでもあり、保健所犬と云う希望でした。
 
経済的なダメージは、私の精神も大きく蝕みました。ここで命を絶てばどんなに楽か…。妻や子供たちは、何とかなる…。ただ、家を奪われ時、ジャックは…、
 
風潮は、犬猫は飼い主の責任、歳をとって飼い主が亡くなっても、破産や経済的なことで、飼う事が出来なくなったとしても、それは全部、飼い主の責任、社会が命のフォローなんて鼻からもしていない現実… 是が非でも生き続け、逆境を乗り切る為の礎になりました。
 
しかし、世の中には

「殺処分は、心無い飼い主の無責任な飼育放棄のせい…」

 
同様に、様々な状況で、犬猫を手放す人はいます。原発事故の様に、電気を使う訳でもなく、何らかの恩恵を受けていた訳でもなく、それでいて補償や賠償すら受ける事も出来ない、関係の無い他から降り注いぐ災難の場合だって必ずあります。身を以て味わった地獄だからこそ、どんな原因だったとしても、飼い主の属性に限らず、犬猫の命を繋ぐ社会を心から願います。そして、目指します。
 
ある日、ジャックの前で妻に、自分が病気になっても病院には行かないでそのまま逝くよと冗談半分、実は本気で話しをしました。
そして、ジャックが体調崩しました。様子を見ていましたが、2日目に、前日の散歩が嘘のように、散歩にも行けずに具合が悪そうに。ジャックを目前に、「明日、病院に行こう」ジャックが、振り向いて「話が違うだろ」とも言いたげなびっくりした目で私を見ました。確かに治療費は頭に浮かびましたが、そんなものには変えられない「仕事、早目に切り上げて帰る」ジャックが玄関で見送ってくれました。が、不思議な雰囲気を醸し出していました。仕事から帰ると既に、ジャックは息を引き取っていました。朝出がけの時も調子が悪そうでも、苦しそうなそぶりは見せていなかったジャック。穏やかな顔で眠るように亡くなっていました。実は私もその時点でコップに満杯に入った水の様に、情けない話ですが、もう少し、そのコップに水が注ぎこまれたら、水が溢れだすような精神状態の中でした。
 

ジャックが察したように思えてなりません。

 
ジャックが亡くなって間もなく、少ないですが、自力で交渉を続けた東電の賠償が決まりました。ジャックのお蔭…。
 
ジャックが我が家に来た時に、周辺の家で、座敷犬と呼ばれる犬以外は、ほとんどが外飼いでしたが、ジャックは最初から室内飼い、ベッドも一緒、あっという間に、周辺でも室内飼いが当り前に。ジャックが関係しているかどうかはわかりませんが。
ジャックは家族にとってかけがえのない存在。12才、もっと長生きして欲しかった。
 
ジャックの想いは、きっと、自分よりも、「私が生き、犬猫の仲間たちの命を繋ぐこと」と託したのだと信じています。
 
ジャックは保健所犬猫応援団の紛れもない団長です。
 
ジャックは保健所のゲージに収容されていました。犬はおらず、猫が数匹、不思議なのは、猫っぽいところがあって、もちろん、ドッグランなどでは他の犬と仲良く遊んでいましたが、家の前を散歩する犬には吠えても、猫には全く吠えない。毎日、寝る前は必ず猫の様に毛繕いをする犬でした。外でよく「綺麗なワンちゃんね」と言われましたが、自分で綺麗にしていました。
ジャックが我が家に来た時に、周辺の家で、座敷犬と呼ばれる犬以外は、ほとんどが室外飼いでした。ジャックは最初から室内飼い、ベッドも一緒、あっという間に、周辺でも室内飼いが当り前に。ジャックが関係しているかどうかはわかりませんが。
やはり愛犬愛猫が亡くなって、自分の仔で本当に良かったのか?幸せだったのか?と自責の念にも近い想いを持たれる方も多いと思います。私もとても強く感じた一人です。亡くなってしまえば何もして上げる事は出来ない…。ペットロスはペットの事を忘れた方が良いという方もいらっしゃいますが、でも、唯一出来る事は、いつまでも忘れずに思い続けて上げる、ペットでは無い大切な家族なのですから。
 
そのアイノカタチがモニュメントになりました。
 
 
 
 
先日、生前もよくジャックと一緒に訪れた猪苗代湖に行ってきました。コロナ過が収まったら、もっと色々なところに、一緒に行けたらと思います。
 

ジャック、いつまでも一緒だよ!

 
拙い文章、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

via 保健所犬猫応援団
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