テレビに寄生する若手左派言論 - 純粋田原批判 4 -

「テレビ番組で初めてセックスしたのは私。私が日本で最初のAV男優。」
(田原総一朗)
「天皇のことはみんな悪口サクサク。誰も天皇をいいって言う人いなかった。」
(田原総一朗)
実績や実体のない、ジャーナリズムを騙(かた)る無思想の徒が、文化人や知識人を装って、我が物顔で日本社会を語り、年老いたこの日本メディアの癌である田原総一朗の後継者として些末な日本の左傾言論界、主にテレビ朝日やニコニコ動画において、覇を競っている。
私自身は東浩紀すらほとんどテレビで見たことがないほどだが、「朝まで生テレビ」という下賎な田原氏が取り仕切る、反社会的なエセ討論番組の影響力は未だに大きいと言わざるを得ない。
左傾メディアによって、腹にイチモツを抱えたこのような俗人の意味なき妄言や戯(ざ)れ言、痴(し)れ事に耳を傾ければ、心の深化を損なう。
もし、視聴者の皆さんが、彼らが取り上げている問題に関心があるにせよ、彼らという左翼の俗人のフィルターを通して聞く必要性は微塵もないのである。
ネット社会に精通していない壮年の方々は、テレビで脚光を浴びる彼らを「時代の寵児」などと誤解しているのかもしれないが、ネットで彼らの名前をいくら検索してみても、彼らを激しく批判する声こそ多かれ、彼らを賞賛する声など微塵も見つからない。
この困窮した、社会問題が山積する日本社会に対して明確な答えを用意せず、「センセーショナリズム」や、目先や表面的な解決法だけを「上から目線」で提示して、国民に対して優越感に浸っている。
■Target 1 荻上チキ
昨年NHKの朝の情報番組「あさイチ」で「いじめ問題」が取り上げられたのだが、そこで荻上チキが、さまざまないじめ相談窓口の書かれたフリップボードを出して、そこに書かれてある相談窓口を順番に棒読みしていっただけで、知識人でなくても誰でもできるおバカな説明をエラそうにもっともらしくした。
しかし、それに対して井ノ原くんが「いじめる側の心をなんとかしないといけない。」と正論を言ってる。
この時点で圧倒的に「V6 >>>>> 左傾メディアの若手論客」だ。
一方で、私はいじめ問題については、2006年に私が寝ずに考えた「いじめ加害生徒出席停止案」が、一時的に教育再生会議で取り上げられ、その後、大津の自殺でいじめ問題が再燃して、結果的に7年越しでいじめ防止法として明文化された。
その後、朝日新聞の「視点」に対しても、「いじめはゲーム感覚」など、いじめ加害・被害の両方の経験から2度投書したが、さすがに朝日ということで、人を見下したような断りメールが届いて、その一方でアイドルのいじめに対するただの感想を掲載し続けて、それを本にして儲けようとした。
いじめ自殺した子供たちのことなど微塵も考えていない下賎な意識。
むしろ自殺した子供たちをダシに使ってひと山当てようとする。
「従軍慰安婦でっち上げ」で、日本という国に、国民全体に大きな損害を与えて、今すぐにでも解散すべき、野村秋介に国民栄誉賞を与えたいくらい、あさましい反社会的な最低最悪の俗悪紙だ。
そもそも「チキ」とは本名ではない。
頭からっぽで、風俗のおいしい取材だけをして、売れたいだけだからこう名乗るのだ。
ネットでこういった左傾メディアが持ち上げる左傾ヨゴレ寄生論客に対する批判が多くて、彼らを拍手喝采する声が微塵も見つからないのを見ても、視聴者・国民はよく見ているということである。
■なぜ私は左傾論客を「無思想」と呼ぶのか?
私はこれら左傾メディアの胡散臭い、実績のない、説得力もない「自称・知識人」に対して「無思想」ということがある。それに対しては異論が出ることも多い。
だがそれはすなわちこういうことである。
たとえば、左翼は道徳・倫理を「押しつけ」と全否定して、それらの学については何も知らないはずなのに、情報番組では、古館、大谷、テリー、川村、春川、朝日の論説員といった徒が、犯罪者や不祥事を起こした人、時には橋下市長について、個人的なエセ道徳、他の人にとってはクソの役にも立たない1億分の1のそいつにしかあてはまらない主観的なヒューマニズムを取り出して来て、優越感を以て語るのがメディアの主流になってきて久しい。
例 「人生生きてて、うまくいくことなんて2割ですよ!」(テリー伊藤)
「はぁ?」
頭のおかしい左翼が連日連夜、ガチでこういう主観的な(個人的な)ことを言っているので無思想としか言いようがない。
そして、その対象は犯罪者だけに留まらない。
記憶に新しいのが「はだしのゲン」を閉架した教育権を持っているはずの教育委員会や、朝日新聞に出自で差別されて対立を続ける橋下市長など、客観的で普遍的な、今日の社会に大きな影響を与えてきた人文諸学の道徳・倫理のいろはもわからないような怪しい連中が、自分たちの意見だけで、メディア権力を使って、そういった事象に対して、西部先生が指摘されたように、無知蒙昧の暴力を振るっているのが今の日本の社会である、と。
「マスメディアは第一権力にほかならない
…マスコミ世論は、日本の世紀の変わり目において、ほとんど敵なしの横暴ぶりをみせつけている。
…世論という名のきわめて押しつけがましい意見を社会にあてがう。
…世論の専制政治が最も行き渡っているのが今の日本だ、といって少しも誇張ではないのである。
…第一権力が自己のもの以外の一切の権威とそれに由来するあらゆる権力に攻撃を加えるときに何が起こるか。」
(西部邁著「国民の道徳」より)
橋下っちゃんも、教育委員会も何もできないわけなんだよ。
左傾メディア権力に対しては。
彼らは国家権力を濫用しているわけでもなんでもないんだ。
自分たちの信念に基づいて、自由に公務を遂行することを妨害されたり、攻撃されているわけなんだよ。
だから、今秘密保護法案で、さかんに左翼メディアが躍起になって、戦時の「治安維持法」と結びつけて、逮捕された年配の方を利用して、自分たちの存在意義を必死にアピールしようとしているけど、戦後長いこと、国民から道徳を締め出して、自殺やいじめ、幼児虐待などの社会衰退を深刻化させて、さらに教育委員会や政治家の職務を、世論を利用してなきものにしようとしているのが、今の左傾メディアであり、イコール特高みたいなものなんだよ。
秘密保護法は確かに運用に気をつけなければならないけど、「即、治安維持法」なんて理論もおかしい。それで国民に不安を煽って、自分たちの、すでにないはずの左翼の存在意義を主張したいだけだ。
でも、国民は関係ないんだから治安維持法になることなんて100%ありえない。
第一、治安維持法の前提である戦争自体が憲法で否定されてるんだから。
よって、テレビ朝日が盛んにアジっているような治安維持法になる危険は全くないと断言できる。
それよりも目下の左翼メディアによる実害、社会衰退の方がはるかに大きくて深刻なんだ。
今みんなが見ているテレビ自体が、人としての最低限の理性的な道徳・倫理を左翼イデオロギーで意図的に排除していて、一番危険なんだ。
そういう国に対する愛着や、先祖に対する感謝がなく、表面的に国に従っているだけで、いつでも寝首をかこうとしている意識を、大哲学者ヘーゲルは哲学界最大の著「精神現象学」で「下賎な意識」と言っている。
その逆の意識は「高貴な意識」という。
戦後70年はわかりやすくいえば、「下賎な意識」一色の醜い時代だったんだ。
私の言っていることは、自分で言うのもなんだが、世界的に影響力を持つ「ウォール街を占拠せよ」で有名な社会活動家で、日本通でTBSとも戦ったカレ・ラースンの本よりもすごいと思うよ。
でも、左傾メディアの実体がないこと、客観的・普遍的な理論の拠り所が何もないこと、無思想であることが明々白々なんだな。だから、国民はネットで怒っている。
