電化製品が女性を家事労働から救ったと言われているけれど。 | かずえ☆since2016.4 大崎上島、親子で移住、古民家暮らし。

かずえ☆since2016.4 大崎上島、親子で移住、古民家暮らし。

平成28年3月に19年勤めた小学校の先生を辞め、広島の大崎上島に家族で移住しました。
子どもは、8才と7才の男の子です。子ども達はずいぶん大きくなりました。

そんな我が家の子ども達の成長や、私の気づきを記録していきます。

昨日の家事分担の続きのようなものなのですが。


昔、母が子どもの頃は、子どもも家の一員として家事をしていたと言うことをよく聞きます。


お風呂に水を汲むのも、井戸から汲んで、火をおこして…と、一苦労だった頃、子どもも仕事をしないわけにはいきませんでした。


自分が子どもの頃は、便利な世の中になったことと、勉強して良い学校に行けば幸せになれると信じられていたことにより、家のことより勉強が重んじられていたので、あまり家事をさせられませんでした。
お手伝いという名のもと、家の手伝いをすることが奨励されていました。


また、我が家の場合、母が働きに出るのは自由だけれど、家のこともちゃんとするように、というのが父の考えで、父は、全く家事をしませんでした。
我々子どもも、同じようなスタンスで、母だけがいつも忙しそうでした。
だから、家事労働から解放されたのは、子どもたちだったのではないかな、と、思います。


母が子育てが一段落して、働き始めてから、
「洗濯物取り込むくらいやってくれてもいいんちがうの?」
など、怒っていましたが、私は、怒られてもやってもらえるので、やってもらった方が楽なので、怒られてよう、みたいな、ずるい子どもでした。
ここらへん、ものすごく次男に似ているので、その手にはのらないぞってすごく思います(^_^;)


そんな母を見ていたから、ずっと「結婚は人生の墓場だ」的な考えをもっていました。


年をとって、相手次第で結婚生活は変えることができるかも、と、思ったことにより、結婚することができました。


おまけに、うちに授かったのは男の子二人。
母が家事をするのが当たり前だとは思わせたくない。
女の人も、自分のやりたいことをするのが当たり前だという認識をもってもらいたい。


女性解放とよく聞きますが、まず、家の中から。


女の敵は女というのもよく聞きますが、家のことが好きな人は、それでいいと思うし、逆に家のことが好きな男の人は、家中心の生活ができたらいいんだと思うんです。


時代と共に、自分達の幸せを考えて行動していけばいいんだと思っています。


No. 800