「アクティブですね。」
と、声をかけていただきます。
自分では、結構、ぐうたらしてるし、ダメダメだし、全く無理してないし、と、思うのですが、ありがたいお声。
仕事してたときに必要だったエネルギーの半分も使っていない。
好きな人と関わり、楽しそうだなと思うところに出掛けて行き、疲れたらゆっくり休む。
でも、貪欲に生きているとは、思います。
たぶん、それは、仕事を続けていれば、勝手にトラブルがふってきて、それによって勝手に鍛えてもらって、気づいたら力がついているということが見えていたけれど、自らそこからおりてしまったことをよくわかっているから。
ここからは、自分で意識して自分を育てていかないと、そこでとまってしまうことが分かっているから。
先生は、本当に、自分を鍛えることのできる仕事です。
そこにいて、メンタルやられずに続けることができたら、トラブルを子どもや親のせいにして自分は関係ないと思わず、ひとつひとつ丁寧に向き合っていったら、必ず、自分が人として成長できます。
そこからおりてしまったという自覚があるから。
10年後、先生辞めた自分に後悔したくない。
別に、らくしたくて辞めたわけではないし、本当に好きな仕事だったので。
自由な時間を手にし、ずっと教育に関わってきた私だからできることを模索したい。
そんなことを思って生きています。
自分に与えられた時間は有限。
そのなかで精一杯生きること。
大切にして生きていきたいです。
まあ、昨日、初任者さんが出張のため、久しぶりに1日子どもたちと過ごしたけれど、それを終えて職員室に戻ってきたら、半分のみなさんは会議、残りのみなさんは次のスポーツテストの準備をされていて、私が定時に帰る時には、職員室ほぼ空っぽでした。
なんとか定時に帰りたいと奮闘したとしても、自分の学級の準備は、全部、家になるな、と、改めて思いました。
子どもら、4時頃までいるし、そこから会議になると、そりゃそうだよね。
そこに、学級でトラブルが起きて、保護者対応なんかしてたら、帰れるわけがない。
学校の先生にも家庭があって、学校の先生の子どもさんも、親にも関わってもらいたいと思うと思うけど、なかなか厳しいな、と思いました。
よく、
「我が子育ててないねん。」
って、年配の先生が悲しそうにおっしゃっていたけれど。
どんな人生を選ぶか、その人次第って言うけど、仕事か家庭かどっちか選ぶ、じゃなく、どっちもできる人生がええな。
どっちもするために、模索している私でした(*^^*)
今、募集している7つの習慣の読書会、同じように模索している人にもお勧めかも。
あと数人いけるので、一緒に学びませんか(*^^*)
先日の記事を貼っておきます。
No. 660