夜、マシーモ帝国とバシュナ公国を隔てる険峻な山岳地帯からマシーモ西域に向けて百を超える長く大きな光の矢が降り注いだ。

 

山岳地帯に築かれた三十七の攻撃拠点は、長きに亘り公国を他国の侵入から護ってきた。

しかし嘗て、実際にその力が行使されたのは二度だけであった。

一度はマシーモが未だ勢力を拡大しつつあった当時の西方戦争の際、二度目はマシーモとの講和が締結された後にレセタ軍が公国領側からマシーモに侵入しようとした時である。

 

バシュナ公国は西方及び南方の異国との貿易による国力の増強を図っており、東方進出の気配は見せていなかった。

そのため、マシーモ帝国の西域方面軍は守備を主とした限られた兵力で構成されており、突然の事態への対処は困難であった。

光の矢はマシーモ西域から一部は中央の軍事拠点にまで降り注ぎ、帝都カルアカラに隣接する帝都守備大隊の局舎をも破壊した。

 

 

 

 

 

 

夜明けを迎えようとしていたカルアカラの城内は喧噪に包まれていた。

 

「何事だ!これは!」

「バシュナからの攻撃のようです!」

「バシュナだと!?どの部隊だ!?」

「部隊は動いていません」

「西域方面はどうした!?」

「不明ですが壊滅状態の可能性あり」

「壊滅だと!」

「他に被害は!?」

「第二大隊及び指揮下の中小隊に被害、帝都大隊にも着弾ありミルシュ殿が負傷されました」

「第一大隊は?」

「動けます」

「ルティードを此処に!」

 

 

 

 

 

 

 

厚い雲に覆われた暗い空を陽の光が少しずつ青みがかった灰色に変えていく。

セルカト王国の首都エルタリアでは、緊急議会が召集されていた。

 

「バシュナは、動いていないと?」

「沈黙を続けている様子」

「マシーモはどうする」

「西域の収拾に時が必要でしょう」

「ディオネールのこと、反撃には出るだろうが…」

「しかし、バシュナの技術力がこれほどとは」

「西方戦争の時分とはまるで違いますな」

「バシュナの狙いは何なのだ?」

「反撃に出た部隊を引き付けてから直接攻撃するつもりでは」

「しかし、なぜ今になって突然」

「分からんな」

「我々はどうする」

「しばらくマシーモの動きを見るべきでは」

「いや、マシーモ国内の協力者達と連絡を、それから北部は守備に必要な兵力を除き南部の作戦に加わるよう部隊を移動させよう」

「ザミテラの件は?」

「ランディエルに任せる、が、レセタ領への戦域拡大は控えるように伝えよ」

「南部に合流させますか?」

「そうだな、前線ならばいいだろう」

 

 

 

 

 

マシーモの王、ディオネールから直接、登城の命を受けた軍師ルティードは、妻との久しぶりの休日の約束をまた反故にしなければならなかった。

 

「そうやって、あなたはいつも自分のためだけに生きているんだわ!もういい!勝手に何処へでも行けばいいじゃない!」

「分かってないのはヴィアナ、君のほうだ。見ろよ、カルアカラが大変なんだ、行かなきゃならないだろ」

「そうじゃない!あなたは結局何も分かってないのよ!」

「分からないことを言わないでくれ、だめだ、もう行かないと」

「…」

 

ルティードは、馬を走らせる城への道中、破壊された第二大隊第三中隊配下の拠点から立ち上る黒煙を遠方に幾筋も認め、その目を疑った。

夜空を尾を曳いて流れた沢山の光の矢、あれは、バシュナから来た。

しかし、あり得ない。

この距離をこれほど正確に、しかも、これだけの被害をもたらすなんて。

バシュナで何があった?

防衛隊は何も気づかなかったのか!?

心がざわついていたのは、科学者としての彼の知性が不条理な現実を前に無理に答えを見つけ出そうとしていたのに加えて、ヴィアナの言ったことが意識の奥に引っかかっていたからだった。

だが、今の自分にはやるべきことがある。

ヴィアナの個人的な希望に応えるわけにはいかないのだから。

 

 

 

 

 

 

ルティードが馬を走らせていってしまった後を、ヴィアナはずっと眺めていた。

 

あの人は、なぜ私の事を理解しようとしてくれないのだろう。

私の一番の理解者だなんて、嘘だ。

あなたは何も分かってない。

ルティード。

だってそうでしょう。

私に何も聞かず、何が分かるっていうの?

聞かないことが、それが私のためだなんて、大間違い。

あなたは人の想いを、人を愛することを、何も分かっていない。

 

春の訪れを感じさせる柔らかな風が寝室のカーテンを揺らして部屋を新鮮な空気で満たしたが、ヴィアナはじっと鏡台の椅子に座ったまま窓の外に続く道を見つめ、長い間、もの思いに耽っていた。

 

 

 

 

 

ウナーナのゼノビアル侯爵領に身を寄せたヘリケ自治国の議長ラザノルドは、昨晩の宴への招待の礼に再び城を訪れていた。

 

「おお、議長殿。昨晩はゆっくり休まれましたかな」

「お気遣い、痛み入りまする。お陰で皆、十分疲れを癒すことが出来申した。公爵様には何とすれば恩に報いることが出来るものか、今はまだ想いもよらぬが、必ずや力となれるよう尽くして参りますぞ」

 

ゼノビアルはラザノルドの意外な発言に顔を綻ばせながら言った。

 

「それはまた頼もしい限り。ところで議長殿、城下に議長殿を慕う兵士達が続々と集まっておるようですな。工廠の兵器もあると聞いておるのだが…」

「多くは工廠が炎上する直前に造られたものたちでしてな。あれらはまさに我々ヘリケの技術の結晶なのです」

「我々の入手した情報によると、反乱軍の下には更に高度な技術を使った兵器が存在しているとか」

「…」

「工廠炎上の裏でいったい何があったのです」

「それは…」

 

それは、ヘリケ自治国の閉鎖的な環境から生まれた、小さな軋轢から始まっていた。

 

 

 

続く