嵐の中、セルカトの突然の進軍により総崩れとなったヘリケ自治国軍は、マシーモ帝国とレセタ王国を分断するかのように広がる広大な森の西端を、道の無い泥炭部に沿って密かに通過し、レセタ南部のウナーナを治めるゼノビアル家に身を寄せることで散り散りになった兵力を再び結集しようとしていた。

 

一方、セルカト軍と合流した自治国内の反乱勢力は、セリト工廠炎上直前に完成した巨大な兵器とともにマシーモ進攻への準備を着々と進めていた。

ヘリケ自治国のラザノルド議長がウナーナに到着するのと前後して、レセタからはマシーモの西、バシュナ公国への使いの一団が出立していたが、これがマシーモ全域と周辺諸国を巻き込んだ帝都大戦の端緒になろうとは、まだ誰も予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

セルカトの西域守備中隊司令官ランディエルは、ヘリケ反乱勢力の兵器群を実見して密かに驚きの声を上げた。

 

「こんなものが開発されていたとは…、我々の認識が誤っていたか」

 

副司令のセラドアムが耳打ちする。

 

「司令官、あの機体は工廠で研究が進められていると噂されていた例の」

「どうやら、そのようだ」

 

ランディエルは反乱勢力との関係を利用し、圧力を強めつつあるレセタ王国に対する前線の強化を図ろうと考えていたが、予想外の兵力を前に今後の作戦変更を首都エルタリアに打診していた。

反乱勢力を支援することでレセタを牽制しつつ、主力を南方のマシーモ侵攻に差し向けることである。

 

カデレナ大陸の東部沿岸域に位置するセルカト王国は、この時、ヘリケ自治国の新勢力となった反乱勢力の主導者ザミテラとの同盟関係にあり、北西のレセタ王国とは森林地帯の北東部に広がる肥沃な土地と豊富な資源を巡り敵対関係にあった。

マシーモ帝国とは通商条約等により互恵関係を維持していたが、マシーモが領土拡大から内政への注力に転換したことを契機に、東部を自らの領土として切り取りその富を手に入れることを模索するようになっていた。

しかし大国マシーモの兵力は未だ侮れず、セルカトはヘリケにおける戦略と同様に、内部工作による体制の崩壊を誘発しようとしていた。

 

また、北方の雄であるレセタは、全土の統一を実現した国王ジェフストーンのもとで嘗てない勢力を誇り、陸海の兵力を高度に組織化してセルカト王国に攻め入る機会を伺っていた。

そのために、ヘリケ自治国との友好を築き、西方のバシュナとも密かに相互不可侵の契約を結んでいたが、ジェフストーンの望みもまたマシーモの巨大な富にあり、その獲得のためにも高度に鍛えられた兵力を誇るセルカトを排除する必要があった。

 

 

 

 

レセタ王国の南部の要、ウナーナ。

ゼノビアル侯爵の居城に自治国の兵が再び集まり始めていた。

 

「城下に離散していた兵士達が集結しつつありますが、このまま放って置くわけにもいかぬかと」

「ラザノルド議長は無事か」

「お疲れの様子ではありますが」

「今宵、側近の者と共に招待するがいい」

「畏まりました」

「ヘリケの正規兵力は、どの程度集まった」

「現在のところ約三千、今後増えても五千でしょう」

「五千…、八割近くの兵が反乱軍に靡いたわけだ」

「しかし、議会の直属部隊は今も工廠の兵器を保持しています」

「開発していた兵器を奪われたと聞いたが」

「工廠の番匠達も従っております」

「ノルウェルド、工廠を破壊したのはザミテラだと思うか」

「それは、斥候の話からしても間違いは無いと思われますが、しかし」

「しかし?」

「反乱軍の中にも技術者が残っていると」

「まあ、そうであろうな」

 

 

 

続く