むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある日のこと、おじいさんは山にしばかれに、おばあさんは、川に詮索にいきました。
おじいさんがなぜ、しばかれるのかというと、山の上の禅寺で、週に一度の座禅の会があって、その日は、ちょうど座禅の日だったのです。
それで、おじいんさんは、いつものように、
「おばあさん、今日もひとつ、しばかれに行ってくるよ」
と言って出かけていったのでした。
おばあさんも、いつものように
「はいはい、帰りの坂道には気をつけてくださいよ」
と言いながら、出かける用意をしはじめました。
おばあさんが何を詮索しようとしているのかというと、それは、川の近くの古い館のことなのです。
だれも住んでいなかったその館に、最近、どこからかやってきた若い夫婦が暮らしているようなのですが、どうもその館の物干竿に、煌びやかさと麗しさを醸した絹織物がかかっていることがあるからなのでした。
空は深く澄み切った青空で、雲雀が一羽鳴きながらどこまでも上昇していきます。
おばあさんが、嘗ては立派な造りであったでありましょうその館の古ぼけた蔀の隙間から中の様子を伺おうとしていると、川の上方から、それはそれは大きな、もにょが流れてくるではありませんか。
呆気にとられたおばあさんが目を丸くしたまま動けずにいると、もにょは川から陸へと、ずるりずるりと這い上がり、そのままずるずると古い館に向かってきました。
「あらあらあらあら! 何ということでしょう」
おばあさんは腰が抜けて、その場に尻餅をついてしまいました。
もにょはゆっくりと、しかし確実に近づいてきます。
そして、ついにおばあさんのすぐそばまでやってきましたが、まるで誰も存在しないかのようにその横を通り抜け、ついに潜戸を下からすこしだけ押し開けて、建屋の中に滲み入ってしまったのでした。
おじいさんは、もう帰ってきていました。
座禅の会は明日だったのに、一日間違えていたのです。
誰も来ていなかったのは残念でしたが、帰り際に美味しそうなギボウシを見つけたので、おばあさんと一緒に食べようと、麻袋に集めてきたのでした。
そこに、おばあさんが息を切らして駆け込んできました。
「おじ、おじいさん、もにょですよ! 川、川に、もにょが出て館に入ってしまってっ」
おじいさんも驚いて言いました。
「もにょを見たのかい、本当に、もにょだったのかい」
おばあさんは頷くのが精いっぱいで、もう声がでません。
「なんということだ…」
おじいさんは天を仰いて呻きました。
その夜、おじいさんは自分が幼子だった頃に母から聞いた話を思い出していました。
ある時、川上から流れてきた大きな桃を包丁で二つに切ると、なんと驚いたことに中から男の赤ん坊が出てきた。
でもその時、桃の中には、何か別のものも入っていた。
その何かは、切られた桃からどろどろになって流れ出して塊になり、震えながらずるりずるりと動き出して、ゆっくりと川上のほうに帰っていった。
男の子は成長し、鬼を退治した。
でも、その男が全てを持ち帰ってしまった後、鬼たちは生きていくことが出来なくなってしまった。
一人、また一人と鬼は飢えに倒れ、ついに鬼の種族は絶えてしまった。
それからのこと、干ばつが長らく続き、村には疫病が広がった。
男の力を持ってしても、飢えと病気はどうすることもできなかった。
そしてある日、あの桃から流れ出した塊が、再び川の上手から現れた。
震えるその塊は、病人のいる家の中に入っていく。
そして、それが去った後には、誰もいない家だけが残った。
塊が去ると、雨が降って、村はもとの穏やかさを取り戻した。
しかし男は、いつの間にかいなくなっていた。
母と二人暮らしだったおじいさんが聞いた話は、それだけでした。
ですが、そのどろどろした塊、それこそが、もにょだったのではないだろうかと、ずっと思っていました。
おばあさんは布団を被って身を縮めていましたが、いつの間にか眠ってしまいました。
おじいさんはその様子を確かめ、布団をそっと肩の上までかかるように直してあげてから戸締りをすると、松明と風呂敷に包まれた長いものを持って出かけていきました。
おじいさんは、考えていました。
本当にもにょが現れたのなら、やらねばならぬことがある。
握られた風呂敷の中には、母から授かった父の刀が大切に包まれているのです。
おじいさんの父の名は、桃太郎といいました。
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