太郎は浜辺を歩いていた。
照りつける太陽に焼かれた白くて荒い砂の熱さが、草鞋から足の裏に感じられる。
草鞋は足の裏に伝わる熱量をとても効果的に抑えていた。
俯きながら歩く太郎。
その背後には、地平線と水平線が交わる彼方まで足跡が続く。
昨晩の会合で、むらおさが話したのは、これから村の特産をどうやって増やしていくのかだった。
若い衆が少なくなってしまったこの頃では、漁に出て珍しい巨大な魚を獲ることが難しくなってしまったし、そのうえ夏場に氷室で使う氷がばかに高くなってしまったから干物にするくらいの大きさの魚しか扱えなくなってしまった。
年貢として納めるのにも確実にためておけることが必要だし、どれほどの量が獲れそうかある程度は見込んでおけることが大切だ。
ならば、以前のように山菜を採ったりシカやイノシシを捕って干し肉にし、夕餉のセットにしたらどうか、という意見が大勢を占めていた。
しかし、太郎には納得できなかった。
新しいもんをつくって売れるようにしなけりゃ、おらたちはいつまでも変わりゃしねえ。シカやイノシシだって山のほうの村でも捕ってんだから、そんなんじゃこっちのほうが先に捕れなくなっちまうべ。
船でなにか、珍しいもんを獲ってこねえと高く買ってもらえねえでねえか。
そんな思いとともに顔を上げた太郎の前方に、童たちが集まって亀をイジメていた。
いまどきの童たちは仲間は大切にしなきゃなんねえというむらおさの教えもあって、表向きには喧嘩をしない。
イジメもかっこ悪い、キモイというイメージがあって表向きには行われない。
だが、亀となれば話は別だ。
「おい、やめねえか」
太郎が声をかけたのは、その亀が珍しいアオウミガメだったからだ。
「…」
童たちの視線が、太郎の顔に一斉に集中する。
「あ、もう隣村と対戦の時間じゃん」
「忘れてた、やば」
そんなことを話しながら、童たちは太郎の存在を完全無視して立ち去った。
残された太郎と亀。
太郎が亀の顔を覗き込むと、その瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
言葉を失い見詰め合う太郎と亀。
潮騒。
遠くの海鳥の声。
クジラ。
沖合いで豪快なジャンプを見せるクジラ。
笑顔が眩しい。
だが、太郎と亀は見詰め合ったまま、クジラの笑顔には気づかない。
最初に言葉を発したのは、太郎のほうだった。
「大丈夫か?」
亀はコクリと頷いた。
「あー、甲羅、こんなに傷ついちゃってるでねえか」
亀は笑顔で言う。
「大丈夫。慣れてるから」
「…そうだ、これ、食べっか?」
太郎は腰につけた麻袋から茶屋で買った笹の葉に包まれた二つの握り飯をつかみ出した。
鮭と梅ぼし。
どちらにするか、一瞬、悩んだ。
亀は海に生きているのだから、鮭のほうが口に合うんでねえか。
いや、亀と梅のほうがおめでてえ感じもする。
結局、梅ぼしにした。
後で知ったが、アオウミガメとアカウミガメは食べるものが違うらしい。
「ありがと」
亀は美味しそうに握り飯を食べた。
「おらもちょっくら腹減ってきたな、ずっと歩いてたし」
そういって亀の横に座り込む太郎。
「熱っ!」
砂の上についた手を慌てて引っ込める太郎。
太郎と亀は互いの目を見合わせて笑った。
「あははは」
太郎は亀の側で鮭の握り飯を食べた。
潮騒。
遠くの海鳥の声。
クジラ。
沖合いで笑顔でジャンプを決めるクジラ。
「なんだ、あれ。変なやつだな」
太郎のその言葉に拗ねたクジラは、潮をブーっと噴いて海中に消えた。
亀は声を立てずに笑っていた。
太郎は言う。
「そういや、おめえさん、ずっとむかーしから生きてんだって?」
亀は首を曲げて太郎を見上げる。
そして、笑いながら答えた。
「うん。まあ、少しね」
太郎は続けて尋ねる。
「おめえさんはどう思う?」
「なに?」
一瞬、ふざけて、おらのことって言おうかと思ったが、やめた。
「どうしたら、おらたちの村は良くなるんだかな」
亀は真面目な顔に戻って言う。
「難しいことだよね」
「おら、釣竿持ってねえべ?いろいろあって最近じゃあんまり舟もだせねえんだ」
亀は寂しそうな顔をした。
「大変だね」
「んだ。でもよ、おらは、何か新しいもんをつくりてえと思ってんだ」
「そうなの?」
「んでも、おらは漁師だかんな、全部は出来ねえかも知れねえが」
「…」
「どうした?」
「ううん」
「何か気にでもさわったか?」
「もしね」
「ん?」
「良かったらね、私の国に来ない?」
「おめえさんの国?」
「うん」
「どこさあんだ?」
「海の底に」
「そんなのに、どうやって行くだ?」
「方法はあるの」
「なら、行くべ」
「ほんとに?」
「ああ、行ったことない土地さ行くの、あんがい好きだかんな」
「良かった」
亀はそう言って微笑んだ。
(つづく)
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