クロヤギ君

 

 

私が牧場を離れてからずいぶんと長い月日が経ったが

今も頑張っているかね

 

私は、数々の興味深い出来事を追い

過去を振り返ることもなく今日まできてしまったが

あの牧場での日々は

まるで昨日のことのように

はっきりと思い出すことが出来る

 

春の息吹とともに芽吹いた土筆を

どちらが早く食べ尽くせるか競い合ったあの日

 

夏の照りつける太陽の下で

体に集るハエが何匹になるまで尾で振り払わずにいられるか試したときは

君が暑さに負けて私の不戦勝になってしまったな

 

秋の牧場の森で君は

食べてはいけないキノコについて詳しく教えてくれた

マツタケはその代表だった

私は今も君の教えを守っているよ

 

冬の季節には今でも

あの頃と同じように

雪に覆われた木々の根本から

埋めておいた硬い実を掘り出して食べている

 

いつだったか君は

誤って冬眠中のカエルを食べてしまったことがあったろう

あのときの君の顔といったら

今でも思い出すだけで

吹き出してしまうほどだ

 

そう

全てが、大切な思い出だ

 

あの日々が、今の私をつくりあげてくれた

 

私が一緒に牧場を離れようと言ったあのとき

君は、山の向こうに目を向けたまま

何も答えなかった

 

その無言の答えが、君にとって

正しかったのか

そうでなかったのかは

私には、分からない

 

ただ、一つだけ言えることは

あの牧場での日々の全てが

私にとっては

正しかったのだと

いうことだ

 

 

クロヤギ君

 

君も、私のところへ尋ねてくるといい

 

私は変わらぬ友情をもって

君を迎えるつもりだ

 

そして、一晩中語り合おうじゃないか

素晴らしかったあの日々のことを

 

そして、二人の素晴らしいこれからの未来を

 

快い返事を貰えることを

期待して待っている

 

 

シロヤギ

 

 

追伸

 

毛並みの手入れにとても良い植物性のクリームを手に入れた

試してみてくれたまえ

 

 

 

 

 

 

二日後の昼下がり

 

 

青空に包まれた牧場のクロヤギのもとに

シロヤギからの手紙が届いた

 

 

しかしクロヤギは

 

 

その手紙を

 

 

読まずに

 

 

食べた

 

 

 

(合唱音符