存在しているってどういうこと?

時間が流れるのはどうして?

 

そんな疑問が頭から離れなくなったのは小学校2年生の頃でした。

 

陽だまりの中で身近な自然の変化に注目している時。

ひとり、部屋の中にいる時に聞こえる時計のカチ、カチという音。

そんな時間の中に身を置くことが増えたことで、自発的に生まれてきた疑問です。

 



宇宙の誕生や生命の発生の過程は解明されつつあります。
進化の歴史も随分詳しく分かってきました。

でも、なぜそこに生命の発生がプログラムされているのかは分からない。
なぜ、宇宙が生まれて物質化する必要があるのかも分からない。

 

 

これに対する納得感のある解釈は私も未だ得ていないですし、安易な答えを得たいとも思いません。
でも、何かきっと理由はあるのだと思う。

とはいえ、そもそも理由が成立するのだろうかという疑問もありますよね。
 

私たちが存在する次元での理由は、他の次元や宇宙誕生前の無のエネルギーらしい状態では多分通用しないのだと思います。
物質が存在しなければ時間も存在しないのでしょうし、我々の知る因果律が通用しない世界のことを考えること自体、意味がないことなのかもしれません。


そんなこと考えなくても生きていけるじゃないか。
そんなこと考えていて何かの得になるのか。
そんなこと考えるのは時間の無駄。


そう考える人も多いと思います。

でも私は、自ら考えて工夫するよりも早くニーズを満たされてしまう無数のサービスにとり囲まれた世の中で、あえて答えの出ない疑問に想いを巡らすようにしてきたことが、日常の世界を遥かに超えた広い視点で物事を考え新たな発想を得るための訓練になってきたと感じています。

歴史や文学、自然や科学、その他の様々な領域の視点を同時に持って、それがなぜなのかを考えることができる生命が、宇宙の中に存在し続けていること自体が、この次元を持つ世界の存在意義の一つかもしれない。

 

そんな気がします。

 

 

 

 

 

 

 

DROBE