あの日のこと
もう一度振り返りながら
記載しておきたいと思います
あれから沢山の検証と分析が進められたけれど
現場の状況は、
そこにいなければ本当に理解するのは
難しいと思うから
まだSNSが平和な空間だった頃
ブログとも連動させて呟いたりするのを
試していた頃のこと
冷たい空気の中に春が近づいているのを感じた
その五日後に、あの日は訪れた
地震にしてはあまりにも長すぎる
地面が大きな波になって何度も押し寄せる感覚
全く動けない状態からいったん揺れが
収まったタイミングに外に避難して
携帯のワンセグを見ると大津波警報が出ていた
でもその携帯は基地局が停止したことで
電池が一気に消耗して直ぐに電源が切れた
震度7を記録した地域に住む親戚の無事を
確認できたのは2日後のこと
石巻にいた親族は、ひと月以上後に
避難所に身を寄せていることが分かった
地震が発生した直後からしばらくの間は
全く情報が得られなかった
発生するであろう火災や津波の影響は
ある程度想定はしていた
その夜、暗闇の中でラジオから流れる声が
海岸で数百人の遺体が発見されたことを告げた
それだけでも、衝撃だったのに
あんな津波が押し寄せていたなんて、
その時は思いもよらなかった
詳しい情報に触れることができて、
現実を認識したのは地震発生から3日目のこと
それまでは電気も水道もガスも、
テレビも固定電話も携帯の通話もメールも
ネットも何も使えない状態だった
電池を使って携帯は充電出来たのだけど
残りの数が限られていたので
ワンセグでの情報確認は朝、昼、夜の3回だけ
それぞれ10分程度に抑えた
最初の夜、電池はラジオをつけっ放しにするため
だけに使った
懐中電灯はあるが単一の電池が足りない
たまたま残っていたロウソクを1本だけ灯して、
その温かさを手のひらに感じた
大規模な火災が発生しているとの模様を伝える
ラジオの声を聞きながら
暗闇に揺らめく炎を見つめる間にも
大きな余震が何度も訪れた
私は大きな物理的被害を受けずに
済んだのだけれど
電気、水道、ガス、通信、交通など
全てのライフラインの停止と
ガソリンの枯渇によって、
結局、被災地での直接的な力になれずにいた
みんなが力を合わせて頑張っているのに
救助作業にあたる多くの人たちが
頑張っているのに
もどかしい気持ちがつのる
地震の発生から二週間
電気と水道が使えるようになった
給水所まではあまりにも遠く、
すこしずつ大切に使っていた浴槽の水が
完全に無くなる寸前だった
ガスが回復するのはまだずっと先のことだが、
この時、奇跡的にガソリンを入れることが出来た
電気も水道も回復していない地区もまだ多かった
けれども、高速道の点検が完了し
復興対応車両に開放されたことによる輸送手段の
増加で、ガソリンの供給が少しずつ始まり
被災地の復旧作業は
やっと加速し始めたように見えた
(しかしガソリン待ちの車の列が対向二車線道路
の片側を塞いでしまう状況も発生した)
福島第一原発は冷却作業を継続していた
危険な状況の中で現場作業を行う全ての皆さんに
感謝したいと思った
そして被災地の力になろうとする
全ての方々とともに、
私が出来ることを考え行動していければと思った
短期的なことだけでなく、
長期的な観点で出来ることも沢山あるはず
日本の持つ高度な専門知識や
各産業分野の連携を強化し、
生活を支える基盤をより強固なものに変えていく
すべてを創りだしていくのはこれからなのだと
そう思った
震災発生からの二週間に感じたことを、
以前のブログに記録していました
「今はまだ、振り返る時ではないけれど、
見たこと感じたことを残しておくことにします」
と、コメントしていて
その時はブログを書いているような状況では
ないのだけれど、
忘れてしまう前に記録しておくことが、
将来きっと何かの役に立つ
と考えていたのだと思います
ここからは、
その時の記録をそのまま載せておきます
■地震発生直後
微かな揺れが始まった直後、
携帯に地震速報メールが届く
画面を開くとすぐに強い揺れ、
そのままどんどん強くなる
普通の地震ではない危険を感じる
強く大きな揺れなのに周期が短い
建物の照明が何度か点滅して消灯
一旦弱まるかと思ったが
再び強い揺れが継続する
暫く揺れ続ける中で
上の階から大きな音が聞こえる
公園に避難
強い余震が続いている
ワンセグで大津波警報が出ていることを知った
その後すぐに雪が降り始めた
一時は近くのビルの上層階が見えなくなるほど
(地震発生前は青空だったはず)
もし大きな被害が出たところがあれば
救助作業に支障が出る
天候により状況が悪化することを懸念
この時点で携帯のバッテリーが切れ、
津波の影響は全く分からなかった
信号が消えて大渋滞が発生、
交差点では事故も発生していた
雪は暫くして止み、再び青空が広がった
あたりが暗くなる中、
ひび割れたアスファルトの上を徒歩で進んだ
■コンビニ
電気の消えたコンビニが営業を続けていた
バッテリーで動くレジの端末
電池と携帯の充電器はすぐに売り切れた
時折、強い余震が来て天井や商品の棚を揺らす
レジのバッテリーが切れた後も
長い人の列は増えるばかりだ
電卓で計算して販売を継続
外は暗くなり店員の手元が見えない
その手元を駐車中の車がライトで照らす
■商店
真っ暗闇の中で、個人商店がまだやっていた
小型トラックのエンジンでランプを灯している
八百屋、焼鳥の屋台、焼芋屋
デパートやスーパーが全て閉店するなかで
個人商店は活動することが出来ていた
これ食べて気をつけて帰ってね
そう言って、お店の人が飴を配ってくれた
焼き鳥や焼芋は出来るまで時間がかかる
とのことだったので
生でも食べられる野菜や果物を買った
この時は、その後しばらく野菜が
全く手に入らなくなるとは思っていなかった
パン、牛乳、肉、魚、納豆等も
二週間近く手に入らなかった
■新聞
電気も電波も全く存在しない夜
TVもパソコンも携帯も使えず
電池で動くラジオだけが情報源
しかし追加の電池はもう手に入らない
津波のことはまだよく分からなかった
しかし翌朝、地元紙が配達された
全国紙が届かないなかで8面の新聞
各地の現実を伝えていた
被害地域の詳細
生活に必要な情報を
最初に知ることが出来たのは
地方紙からだった
■月
地震発生後、月は夜毎に厚みを増し
電気の無い街を照らしていた
(スーパームーンのことは後で知った)
TVが全く見られず
まだ被害の全体像を理解していなかった
3日目の夜
輝く月と星のもとに
街の中心部に明かりが点いた
実際はそうではなかったが
もう少しで
元の生活環境が戻ってくるのではないか
と感じた
■食料
2日目、食料がいっさい手に入らない
飲食店は全て閉まっている
スーパーもコンビニも閉まったまま
一部の店舗が限られた時間の中で
店頭販売を始めた
しかしそこには長蛇の列
商品はすぐに売り切れた
米も炊けない
お湯も沸かせない
ロウソクの炎で餅を焼くことは出来た
正月に食べきれずに残っていた餅だ
■水
一週間経っても水が出ない
想定外だった
給水場の案内が放送されている
電気が回復していたため
TVやネットからの情報が大量に入ってくる
それなのに
ガソリンが無いので車での移動が出来ない
一日中、水を徒歩で運ぶことになった
外には時々、雪も降っている
ペットボトルの飲み物を確保出来ているので
(電気が復旧し自販機からも入手できた)
無くて困るのは飲み水ではない
トイレが流せないことと
洗濯が出来ないことだ
運んでくる水には限りがあり
水道が復旧しない限り洗濯機は使えない
そして水道が復旧した時には
下水処理場が津波の影響で動かないことによる
問題が新たに発生した
■風呂
一週間ぶりに風呂に入る避難所の人たちの
様子がテレビで放送されていた
良かった
直接被害を受けた人たちにも
笑顔が戻りつつある
そう思った
こちらはまだ水とガスがないため
風呂には入れない
電気ポットのお湯と電子レンジで過熱した水を
桶に溜め
浴室で何とか頭を洗ったり、体を洗ったり
するのだが
僅かな水をとても大切に扱った
■ガソリン
ガソリンが無いことによる行動の制限は
想像以上に大きい
電車も全て止まっている
本数がごく限られたバスが何とか
走っているだけだ
そのバスに乗るために長い人の列が出来る
長時間待っても満員で乗れない
重いものも運べない
徒歩でしか動けない状況が
どれほど不自由なものかを強く実感した
直接被災した現場の力になりたくても
ガソリンが無ければ逆に
足手まといになってしまう
至る所でガソリンが無いことによる
サービス停止の連鎖が起きた
直接的な影響だけでなく
二次、三次の影響が一度に発生している
我々はガソリンが無いことによる影響と
その回避について
もっと広い視点で考えなければならない
■音楽
貴重な電池を使って
少しだけお気に入りの曲を聴いた
大丈夫
いつもと同じだ
そんな、気がした
■絵
私の描いた絵は
地震の後も変わらず掛かっていた
ここも、大丈夫
■原子力
ラジオで福島第一原発のニュースを聞いていた
津波の状況を理解していなかったため
多分大丈夫だろうと思っていた
女川原発は正常に停止したという放送を聞き
少し安心した
しかし東北から関東の太平洋沿岸部の原子力と
火力が全て止まれば
電力供給が不足するのは明らか
定期点検で停止中の発電所を
早く稼動できるようにし
不足を埋める必要が出てくるだろうと思った
原発の故障を修理するのにも電力が必要だ
しかしその後、福島第一原発の状況が
もっと深刻なものであることを知った
エネルギー利用のあり方は
変えていく必要がある
だが、我々の生活を改善し発展させていくには
エネルギーが必要であることに変わりはない
■単位系
マスコミのマイクロシーベルトの説明に
単位時間が無い
放射線の濃度が高い地域で生活を続けることと
レントゲン撮影が比較されているのは
明らかにおかしい
ナノグレイ、ミリシーベルト、ベクレルの
扱いも厳密には正しい表現でなくても
単位系を分かりやすく揃えて説明することは
可能だろう
科学の話をしているのではないのだからね
また一方で思うのは
科学的な知識に乏しい報道関係者が多いのでは
ないかということ
いや、報道関係者だけじゃないのかもしれない
科学や技術や経済や政治について
私も含め、本来理解しているべきなのに
日常生活に必要ないが故に知らないことが
多すぎるのではないか
中学や高校で
原子力発電について学んだだろうか
教えてもいないのではないか
震災直後なのに円高になることの
仕組みについて学んだだろうか
それも教えていないのではないか
官房長官が総理大臣に代わり
対外的な発表を行う役割を担っていること
について学んだだろうか
そんなことは全く教えていないのではないか
■ニュース
TVのニュース
視点は結局東京が基点になっている
そのために多くの話題に違和感を感じる
視点はいくつもあるのだから
それらを混同しないことが大切だろう
直接的な被災現場の視点
周辺住民の視点
首都圏の視点
今回影響を受けなかった他の地域の視点
海外の視点
それぞれの立場、視点を明確にした上で
話を進めなければ
聴く側は混乱するばかりだ
■評論家
ラジオでTVの音声だけを聞いていて
二日目に早くも評論家的な分析の話が
出てきたことに不快感を持った
現場の状況がまだ十分把握出来ていない
はずだからだ
こちらは各地の映像を見ることができず
現地にいても状況がよく掴めない
そんな段階で、
現実を理解していないであろう者の
評論家めいた解説にとても嫌な感じがした
事実を正しく詳細に知ることの大切さを
改めて強く感じた
■省エネ
輪番停電の問題
課題はより柔軟で高度な
電力系統制御と運用の実現だと思う
産業全体の発達と
生活全体の向上を考えて
対応していかなければならない
短期的な対応と長期的な対応を
並行して進めていかなければならないだろう
3月14日午前の東京電力管内の供給量の
余裕は僅か60万kW程度だった
短期的な電力量確保のために
必要なことはやらざるを得ないと思う
そこで発生する全ての課題
問題点を丁寧に扱うことが将来役に立つはずだ
だからマスコミは
不平不満も否定的に捉えないで欲しい
省エネについては
消費電力量やCO2削減量の変化を
各自治体が公開し合うのはどうだろう
削減率や増加率に対する工夫
地域による違いや課題も見えてくるはずだ
お互いの努力を見せ合うことで
最も大きなプラスの力を生むことが出来るのは
行政の単位ではないかと思う
■消費
社会や産業の発展、発達に寄与する消費と
そうでない消費があるとするなら
1980年代のバブル経済の発生以来
発展に寄与しない消費が増えすぎた
のではないだろうか
水も食料も無く、電気もガソリンも無い中で
そんな思いが湧いてきた
情報が入ってこないため
頭の中に次々に
とりとめの無い考えが浮かんでくる
そういえば
供給量の25%前後が廃棄されている
と言われる食料
現実には飼料や肥料に転用されることもあり
正確な数字をはじくのは難しい
と言われているが
いずれにしても
これはおかしい状況ではないか
それとはまた別の話だが
農林水産省の食料自給率の公表の仕方は
あらたに農業や水産業をやりたいと思う人の
数を減らす結果になっていると思う
日本の食料自給率は世界の中でもとても低い
そんなネガティブな環境の中で
農業を始めようという若者が増えるだろうか
そうではなくて
日本の農業は世界でも最も高い技術により
世界に誇れる最も安全で
栄養価の高い商品を生み出している
というようなことを説明できる状況になれば
農業への関心は飛躍的に高まるはずだ
大規模農業による工業化ではなくて
日本の環境に適したより高度で
繊細な工業化が出来たら良いと思う
今は放射線の影響が心配
農業が影響を受けることがだ
より正確で詳しい放射線量のデータが
継続的に提示されれば
もっと安心して食べることが出来る
■悪意
こんな状況の中でも
被災地における盗難や義援金詐欺の話題が
流れている
許せないことであり、決して許してはならない
なぜ、そんなことが出来るのだろうか
便乗値上げも散見した
供給が滞り、様々な要因から
販売の継続が困難な状況では
ある程度の値上げは仕方無いと思う
しかし度を越した値上げは
欲に目がくらんだ、あまりにも愚かな行為だ
■情報
何をするべきなのか
必要な行動、正しい行動、善意の行動、
非難される行動
全ての行動の基準を規定するのは
それを取り巻く無数の情報だ
公開されない情報
意図的に操作される情報
対外的な影響への配慮というフィルターを
通して伝えられる情報も多く存在するのだろう
だが、
その効果は本当に得られているのだろうか
どうしても公開のために必要な全ての要素が
集まらない情報があるのなら
何が分かっていて、何が分かっていないのか
分からない理由が何なのか
を公開してしまったほうがいいのではないか
意図的に操作したい情報があるのなら
その理由、そうせざるを得ない理由とともに
公開してしまってはどうなのだろうか
対外的な影響への配慮は
本当にその相手のためになっているのか
地震発生前に
フェイスブックについて考えていたため
そんな思いが度々よぎった
各分野の専門家の知識の力を結集するために
また、より多くの人たちの意見や発想や
行動を力に変えるために
よりオープンな世界はきっと必要なのだと思う
その環境が悪用されることの無いよう
十分注意する必要はあるけれども
我々はもっと多くの情報を共有し
それぞれが考え共に行動するべきだ
地震発生から二週間がたった
海岸の姿は変わってしまったが
必ず、元に戻る日が
以前より良くなる日が、やって来る
2011年に記録していた内容
今振り返ると、進んだこと、変わったことが
確かにあるのに気づきます
大切なのは
決してそれを無駄にしないこと、ですね


