最西部の守備隊を除き壊滅に近い被害を被ったと伝えられたマシーモの西域方面軍。

しかし、その中にも無傷の中隊が存在していた。

 

機甲化騎兵隊長ジェド・フレインが率いる第五中隊である。

 

第五中隊は、その所在を不定期に変更し、この時は共有された地図上の所在から南西に約10kmほど離れた地点に駐屯していた。

そのような対応を進言し実行したのは、後にルティードの右腕となる若き下士官、アディスであった。

 

バシュナ国内から発せられた光の矢は目標となる各部隊を正確に捕捉したが、第五中隊に関してはその北東に着弾し平坦な地面に巨大な穴を開けただけに終わった。

そして、その位置は地図上に示された所在地と完全に一致していた。

 

アディスはこのことから、バシュナは目標とする緯度経度に対して極めて正確な攻撃を行う技術を有しているが、最新の正確な情報を把握しているわけではないことを知った。

 

第五中隊は壊滅的な打撃を受けた西域方面各中隊の状況の確認、並びに情報伝達網の再構築に着手していた。

 

 

 

 

 

 

 

カデレナ大陸北部に広がるレセタ王国は、戦乱の末、アーベンウェイドに都を構える現在の王ジェフストーンによって統一され、広大な土地を取り囲む山と海、そして城砦によって幾重にも守られた巨大な要塞都市国家としてその名を轟かせていた。

 

けれども更なる領土の拡大を図るには、山脈や森林地帯、海原を越えねばならぬこととなり、その為の軍備の蓄えと尚一層の兵力の強化が必要であった。

 

山脈に阻まれた東の海岸沿いはセルカトとその属国であるメルキトによって支配されているが、この東及び東南方面への侵攻ルートは、海上を除けば山岳地帯と森林地帯の間にのみ存在する平野部を進むしかない。

 

西には峻険な高山の壁があり、西南に広がるバシュナを始めとした西国との往来はほぼ徒歩に限定されていた。

 

そして、南のマシーモに向かうルートは、かつて進軍を試みてバシュナから激しい攻撃を受けた森林地帯の西端、泥炭部の西側に存在するバシュナ公国領を通過するしかないのである。

 

もう一つ、森林地帯の中央をヘリケ自治国が支配する地域を通過して南に抜けるという方法が存在したが、これまで誰も提案しようとしなかった。

それは、ヘリケ自治国が中立を保っていたからであり、長らく他国軍の侵入を拒絶し続けてきたからでもあるが、それ以上に周辺各国は自治国の未知の力を恐れてきたのだった。

 

ウナーナを守るゼノビアル侯爵はアーベンウェイドに向けて、ヘリケ自治国において反乱軍が議会を追放しセルカト軍を領内に引き入れたこと、また、自らの管理下にはセリト工廠の兵器を保有する技術者らとともにラザノルド議長が留まっていることを報告した。

 

このことがレセタの好機となるのか、あるいは危機となるのかゼノビアルには判断がつかずにいたが、既にラザノルドの下には自治国が擁していた兵力の約三割にあたる八千の兵が集っていた。

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、二つの会議が行われていた。

一つはゼノビアル侯爵の城で。

もう一つはヘリケ自治国の森に仮設されたセルカト西方守備中隊の作戦本部で。

 

 

 

 

 

 

「議長殿、城下には既に相当な数の兵士達が集まってきているようだが、今後、どうされるおつもりかね」

 

ゼノビアルはラザノルドに率直に尋ねた。

 

「温情をお掛け頂きご厄介になっている身、大変恐縮ではあるが、今暫くはこちらに留め置き下され」

「うむ、しかし、この城に出来ることにも限りがある。それに、セルカトの動きにも対処せねばならぬ」

 

ラザノルドは悩ましげに言った。

 

「ザミテラの持つ兵器には、今の我々には歯が立たぬのです」

「あれだけの兵器を保有しているにのか」

「技術者達が日夜対策を考えておるのだが、正直なところ攻撃を防ぐことが精一杯」

 

ゼノビアルの思考が急に巡る。

これは少し想定がくるったかもしれぬ。

 

「では、このままここに居るしかないというのかね」

「いや、そうではない。工廠の兵器と言えど使うは人」

「と、いうと」

「倒すべきは兵器ではなく人だということ」

「ザミテラを?」

「いや、今はザミテラに直接接触するのは難しいと考えておる」

「では、誰を」

「人はどこかで必ず間違いを犯します。利を求めんとすれば同じだけの危険が生まれる。そしてそれは時に、自らの身を滅ぼす事態にも成り得る」

「…」

「もう暫く時間を下され。ザミテラは利を求めて動き出すはず」

 

そばで聞いていた文官ノルウェルドは、臨戦体制下に八千もの他国兵が常駐する状況を経済的にどう乗り切るかで頭の中が一杯であった。

 

そして、この時、ルティードの命を受けラザノルドのもとに向かっていたロバックの一行は、まだバシュナとの国境に接する泥炭部の端を進んでいた。

 

 

 

 

 

 

森の中の作戦本部にザミテラが姿を現したのは、会議が始まって既に数十分が経った頃だった。

 

「おお、ザミテラ殿、お待ちしておりましたぞ」

 

ランディエルは笑顔でザミテラを迎えた。

 

「本国からの指令がありましてな、我々は南方での作戦に兵を出すこととなった。よって、ザミテラ殿とは北方の守備について協議させて頂きたい」

 

ザミテラは伏せがちにしていた鋭いが視点のはっきりしない目を、ゆっくりと上げて左右の列席者を見回した。

 

「私が、南方の作戦に加わろう」

 

ランディエルは、その発言の可能性も十分に予想していたが、あまりにストレートな発言にやや不意を衝かれた思いだった。

 

「いやしかし、それではレセタに対する兵力が不足するだろう。レセタも工廠の兵器を保有しているのだからな」

「ラザノルドどもには最新兵器の試験体があれば事足りる。残りの通常兵器も大部分を残していく。自由に使うがいい。私は、最新兵器二体とともに南方に参加する。それで良いだろう」

「我々に工廠の兵器を扱うのは困難だが」

「工廠の技術者と一万五千の兵も預ける。フィルダスを私の代理としたい」

「それでレセタに峙するには十分と考えて良いのか」

「十分だ。こちらからの攻撃を仕掛けることも出来るだろう」

 

最終的に南方の作戦には、西方守備中隊から副官セルドアムが率いる約五千の部隊と

ザミテラの持つ最新兵器二体、及び五千の自治国の兵が加わることになった。

 

ヘリケ自治国領内に残された兵力は、ランディエルの中隊約六千と自治国の兵約一万五千。

試験体と呼ばれてはいるが自治国の最新兵器も存在する。

ザミテラは、ラザノルドの軍勢が反撃に出たとしても十分に応戦可能、レセタからの援軍が加わったとしても防戦には問題はないと述べた。

 

確かにそうかもしれない。

自治国の兵士達が、命に従うならば。

 

 

 

続く