月日の流れが早い。

更新しようと思っていたのに、なかなか更新できないまま1ヶ月経ってしまいました💦

では前回の続き。

1年前、流産後に仕事を休職してからのこと。



2025年3月中旬から休職しましたが、いろんなことがありました。

今回はその記録です。


まず父親の緊急入院

休職開始した日の、翌日。

父が11年ぶり2回目の脳梗塞。

約10年前の1回目の脳梗塞後、右片麻痺、失語などが後遺症として残っていましたが、室内歩行はギリギリできていたことと、認知症は無かったことから、様々な介護サービスを使いながらなんとか独居で暮らしていました。

この日、訪看さんから連絡あり、「倒れています」「意識はありますがいつから倒れていたのかはわかりません」と…

急いで向かおうとするも、なかなかすぐに起きて準備できなかったことをよく覚えていて。やっぱりこの頃、私の身体は限界だったんだと思う。

かかりつけの大きな病院に行き救急で診てもらい、入院になるかと思いきや、まさかの帰宅指示。

翌日再診し入院になりました。そりゃそうだろ。

3月はちょくちょく父のところに行かなくてはならず大変でした。

全然休まらなかったですね…

4月には脳の手術も受け、ちょくちょく病院通いをしなくてはなりませんでした。手術は無事成功し快方に向かい、良かったんですけどね。


そして引越。

新婚期から約4年間、アパートで夫と二人暮しをしていましたが、不妊治療でお金がかかっていることと、母親と祖母(母の母)の見守りを理由に、アパートを引き払い夫と共に私の実家へ。夫は、嫁実家での生活はさほど苦ではないようです。ありがたや。

4年だけだったのに、なんでこんなに荷物が増えてしまったんだろう。。。

実家への引越しだったので、実家の片付けもせねばならず、大変でした。

4月5月も身体が思うように動かず、ギリギリまでなかなか作業を進められなかったりしていたので、この頃も調子は悪かったな、と思い出されます。


3~5月はなんやかんやでバタバタしていました。

精神科の先生からは、「とにかく今は無理せずゆっくりしましょう」「休むことが仕事です」と言われていましたが、家族のことだと私の代わりは居らず、自分でやるしかなかったんですよね。

両親は元々不仲で別居、私は一人っ子。

母は母で数年前にくも膜下出血を起こしていますが、幸運なことに身体の麻痺無く元気に自宅に帰ってこれているものの、かなり忘れっぽいんですよね。高次脳機能障害気味。

祖母(母の母)は90オーバー。要介護4で車椅子メイン。母は祖母を介護したい気持ちはある人なので、母ができないことは私がフォローする、というスタイルで過ごしていました。

誰かに何かあると全て私の対応になってしまうのは仕方の無いことで、慣れてはいましたが、「今ぐらいは休ませてくれー!!」と思いながら各所対応していました。

動く日は動く、休む日は徹底的に休む、という感じで、休み休み、無理せず過ごす。

何もしない日は、家事も最低限で、食事とトイレ以外はベッドで横になっていたりとかいましたね。

洗い物も1日1回しかやらなかったり、洗濯も数日まとめて回したり。

とにかく最低限の動きで済むように動いていました。


3月から抗うつ剤と睡眠薬を飲んでいましたが、この頃、効果はそんなに感じていませんでした。

落ち込む気持ちも、眠れないのも、大して変わらなかった。

今思い返してみても、効いていたのかどうか、いまひとつわかりません。

副作用などはなかったので、続けてみて効果が出るか試すしかないんだろうなと、思っていました。


あと大事なこと。傷病手当!!!

会社と休職の手続きをした際に、会社側から案内がありました。

初めてのことで、調べながら、書類を準備しました。

傷病手当は、連続して3日休んだ後の4日目の分から支給されるんですね。

精神科の先生へ4月の受診の時点で相談し「書類を書くにも多少料金がかかるので、だいたい皆さん、1ヶ月ごとに書類を用意していますよ」と言われました。

私の場合、3月中旬からの休職だったので、3~4月分をまとめて申請することに。

申請書類には、①自分で書く欄、②会社に依頼して会社に書いてもらう欄、③主治医へ依頼して主治医に書いてもらう欄、の3ヶ所記入欄があります。

①と③を埋めてから、会社に送り、会社が②を埋めてくれたら、健康保険組合へ申請書を提出してくれる、という流れ。

①は自分でがんばって書くしかないわけですが、休む理由の欄をどこまで詳しく書けば良いのか悩みましたね。

そして不妊治療の経緯や結果を自分で考えて書く、というその行為そのものがめちゃくちゃしんどかった。

自分で書くところ、なんとか、わーっと書きましたが、先生に書いてもらう部分は、4月末を迎え5月になってからでないと書いてもらえないので、5月の精神科受診の際に、まず先生に書類を書いてもらうことに。

ところが5月はGWもあり病院が混雑。3週目に精神科受診となってしまい、医師と自分が書くところを終えた書類を即座に会社へ送ったのが5月20日頃。

初回申請だったので、めちゃくちゃ時間がかかり、初回振込はなんと6月25日!

結構時間がかかりましたね。

お金の不安も身体には本当に良くない!

「いつ振り込まれるんだろう?」「書類に不備があったのかな?」などと考えてしまいました。


精神科の他、以前も通っていた甲状腺の病院へも行きました。

いつも通りの流れで、採血して診察して会計して薬をもらって帰りました。

診察のとき、流産したことを説明するの、嫌だったなあ。

書くのも嫌だし、話すのも嫌でした。


この頃は友人と連絡を取り合うことも嫌で、かなり塞ぎ込んでいた気がします。

不妊治療の経過もちょくちょく報告していた、1番仲の良い友達とは1回だけ会いましたが、他にはなかなか遊ぶ予定は作れませんでした。

これを書いている今は、不妊治療の経過を他人に話すことに、だいぶ慣れてきています。

本当に、回復できて良かった。



次の記事で、不妊治療の話に戻ると思います。

今回はこれまで書いてこなかった家族の話も入ってしまい、ごちゃごちゃしてしまいました。

読みづらかったらすみません。



<精神科 医療費記録>

 ・4月 保険1390円+保険外4400円(会社提出用診断書)、薬1940円

 ・5月 保険1830円(傷病手当意見書代込)、薬1610円

医療費控除の計算をしているときに気づいたのですが、診断書は保険外(自費)で、傷病手当の書類を書いてもらうのは保険3割なんですね。なんだか不思議な気がするけど、そういうものらしいです。


<甲状腺 医療費記録>

保険4070円(薬代込)