こんにちは。

記録を再開しようと思います。

しばらく記事を書けずブログをお休みしている間も、ときより閲覧数が伸びることがありまして、驚きでした。

ありがとうございます。


自分らの記録がどなたかの役に立てることがあればと思い、このブログを書き始めたので、もしもどなたかのお役に立てていたら、幸いです。 

男性不妊が判明した直後、同じような境遇の人は周囲に誰も居らず、本当に困り果てました。

インターネット上に情報があって良かった、と思うこともあれば、調べ過ぎて疲れてしまうこともありました。

病院や先生によって違うこと、たくさんあります。

私が書くことだけが全てでは無いと思いますし、医療は進歩しますし、制度も変わっていきます。

その時々で調べて、慎重に、後悔しないように、選択していかなくてはならない。

それでも、誰かの何らかの参考になればと思い、記録をつけます。

経験した人にしかわからないこと、そのときの気持ちを記録していきます。

大事なことなんで、コストの記録も続けます。

では、よろしくお願いします。


まず前回の移植のおさらい。

2024年秋のTESEで採精した精子があまりにも少なかったので、私の採卵は低刺激でやりましょうと。

2024年冬、低刺激で4個採卵でき、その数に合わせて4個精子を探し、4個顕微授精。(このとき凍結精子は使い切ってしまっている)

2個胚盤胞まで進み凍結、1個は受精したが分裂進まず、1個は受精せず。

というわけでチャンスは2回。


2025年1月に、移植周期に入りました。

初めての採卵・移植は、働きながらだったので、休まなきゃ無理か、半休でもいけるか、上長とシフトのやりくりばかり。

シフトに関しては、本当に感謝しています。

上長をはじめ、一緒に働いている皆、理解のある方々でしたが、それでも、後ろめたい気持ちは消えず、モヤモヤしながら働いていました。

注射や服薬、膣錠の為に仕事を少し抜けるとき、申し訳ない気持ちがどうしてもある。

気にしてても仕方ないかと思い、開き直って堂々と抜けても、後ろめたい気持ちはゼロにはならず。

逆に、ムカつくというか、腹立たしく思ってしまうこともあって。

腹立っても、結局は辛いというか、切ないというか…うまく説明できない、やりきれない気持ちがモヤモヤして爆発するんですよね。

言葉を選ばず言ってしまうと、子持ち相手に頭下げて仕事抜けて坐薬いれるのが切なすぎた。

今思えば、本当によく働いていたと思います。

移植後は仕事をセーブしたいと伝えていたものの、定時で帰って良いと言われることは無く、そんな中で定時で毎日帰る勇気もなく、強く不満を抱えながら働いていました。

上長は、5~10歳くらい歳上で、お子さんがいらっしゃる女性でした。

仕事をセーブしたいと伝えたとき、「妊娠は病気じゃないからね」とサラッと返され、何も言えなくなってしまったことが、今でも鮮明に思い出されます。

つら。

私はどうしたら良かったんだろう。


何が原因かはわからないけれど、流産してしまったのは事実で。

働きながら移植した自分を責めました。

仕事だけじゃなく、自分に負荷がかかることを、可能な限り無くして、最後の移植をしたい。

その上で、できることを全てやって、後悔なく移植をしようと、即座に決めました。

お金がかかるから働きながらでないと無理、と思っていましたが、気持ちの落ち込みがあまりにひどく、もう休もうと。

医療機関で働いていたので、女性の方に「妊娠されていますか?」「授乳されていますか?」など聞かなくてはならない場面が多々あり、メンタルが削られてばかりで職務内容に支障が出そうだったので、自分でストップをかけました。

こんな状況で働いて、ミスするわけにはいかないな、と。


なるべく早く精神科を受診したいと思い調べても、すぐに初診でかかれる病院は無く。

精神科って、多くの病院が予約制なんですよね。

予約を取ってから受診日を迎えるまで、1週間~10日くらいあったと思います。

その間、無心で働いていた期間がめちゃくちゃ辛かった。


精神科へ通院開始し、対人業務が辛いと相談すると、先生からは「会社ともきちんと話し合ってください。お休みするってことになれば診断書は書きますから」と、あっさり言われる。

だったら先に会社で話し合って休職決断してから受診したら良かったー!あと2週間働かなきゃいけないのかよー!と、心の中で泣き叫びましたね。

この2週間も辛かった。

薬で少し楽になるかなと思ったりしたけど、そんなすぐには効かない。

でも、病院に行って治療が始まった安心感みたいなものはあったかもしれません。

とはいえ、対人業務は辛く、頭が真っ白になりそうになりながら働くのは無理だな、と判断し、会社と話して休職を決意。

会社側からは、出勤日や出勤時間を減らすことや、環境を変えることも、ご提案頂きましたが、一度しっかり休みたいと、はっきりと伝えさせてもらいました。


精神科初診から2週間後、2回目の診察のときに、会社と話し合った上で休職意向であることを先生へ伝えました。

適応障害との診断名で診断書をもらい、翌日会社で提出し休職開始。

解放されました。

休んでみると、自分がどれだけ限界だったか、よくわかりました。

本当に動けなくて、つらかった。

体が重くなるって、こういうこと。


休職に伴い、傷病手当の申請もしましたが、書類を書くこと自体が地味に辛かったですね。

初めての書類を書くことで、気力と体力が奪われました。

精神が落ちると、普段難なくできていることも、一苦労になる。

身をもって実感しました。

書類は、理由や経緯を書く欄があると、不妊治療のこと、流産のことを自分で書かなきゃいけなくて。

自分の字で活字化して書類を書き進めることは、かなりしんどかった。(1年くらい書いていたら、ようやく何も感じなくなりました。無心で書けるようになったのは、ここ最近です)


精神科は初めの頃だけ2週間に1回。

抗うつ剤1種と睡眠導入剤1種を処方され、薬が合わないとかは無く飲めたので、受診間隔は少しずつ空き、今は月1で通っています。

男性で、淡々とした先生。

話を聞いてくれるタイプではなかったけど、変に共感されるよりはマシかな、と思って割り切りました。


不妊治療を受けていた病院で、心理カウンセリングも設置されていたので、カウンセリングはこちらを利用しました。

資格を持った専門のカウンセラーの方に話を聞いてもらうのは初めて。

どんな感じだろう?とドキドキしながら臨みましたが、話しやすいお姉さん、という感じ。

ざっくばらんに雑談もあり、核心に触れるような話はラスト1/3くらいだけ。

うまく話させてくれるなあ、と思いましたね。

自分のバックボーン、抱えているものなど、全て共有したので、多面的に支えてくださりました。(実は同時期に家族の問題が多発しておりかなり疲弊していた)

自分の話だけをしていて良い場って、普段意外と無くて。

周囲を気にしたり、コミュニケーションのバランスを取ったりしてしまいますよね。

わーっと一方的にお話しするだけでも、かなり楽になるもんだなあ、と実感しました。


初回のカウンセリングは3月中でしたが、初めは2~3週間に1回ペースでした。

症状回復してきてからは、1ヶ月に1回くらい。

ここ最近は2ヶ月ほど空いてしまっていますが、それだけ、回復してきているということ。

辛くなったときに駆け込む場として、使わせてもらっています。


精神科の先生からは、休職開始後にすぐ、「休職中に不妊治療をすぐやろうとか、考えちゃダメだよ。安定してからじゃないと絶対ダメ」とはっきり言われていました。

自分でも、体感として、それはわかっていて。

こんな元気のない状態でやっても、ダメだ、と。

あと1個しかないんだし、完全体に戻ってからやる!と強く思っていました。


続く



<精神科 医療費記録>

・3月

① 保険3割9000円(初診料高い+採血あり)、薬980円

② 保険3割1530円+保険外5500円(会社提出用診断書)、薬910円

③ 保険3割1380円、薬1620円

・4月

 保険1390円+保険外4400円(会社提出用診断書)、薬1940円