水木しげる生誕100年記念で製作された鬼太郎誕生前の物語です。

 鬼太郎の登場シーンもありますが、本作は昭和30年代を舞台とした鬼太郎の父親の冒険譚です。「墓場鬼太郎」の第一話に直結する物語で、タイトルの鬼太郎誕生シーンは本編ではなく「墓場鬼太郎」を再現したエンドロールという凝った演出になっています。

 2018年から2020年に放送された第6アニメシリーズがベースとなっているため、レギュラー声優陣は第6シリーズから続投していて、このシリーズで当時、大きな話題となった手足が長く顔の小さな美少女に大幅アレンジされた猫娘が登場します。とはいえ、前述の通り登場シーンは少ないです。
 第6シリーズは前シリーズの9年振りに製作された平成シリーズの3作目で、21世紀シリーズの2作目になります。
 そもそも妖怪はそのコスチュームからもわかるように江戸時代に具現化されたオカルト・アイコンで、「墓場鬼太郎」はそんな前時代的な妖怪が昭和30年代の戦後日本の社会に出現するというマンガ作品です。アニメ化を企画する際に「墓場」という直截的なワードを変更して「ゲゲゲの鬼太郎」となり、昭和40年代にテレビアニメ化され、その後カラー作品として再アニメ化されたものが、1985年の第3シリーズ制作前までは繰り返し再放送され、広い世代に浸透していきました。第1シリーズも第2シリーズも主題歌は熊倉一雄の「ゲゲゲの鬼太郎」、エンディングは加藤みどりとコロムビアゆりかご会「カランコロンの歌」でした。主題歌の「ゲゲゲの鬼太郎」は歌手を変更しながらその後のシリーズでも継続的に使用されています。
 江戸時代と現代ではおなじ国ではないと思える程、生活様式が激変してしまっているので、妖怪と現代人との親和性がかけ離れつつあります。
 第6シリーズではスマホやSNSといった2010年代後半の様式と現代人の人間性と妖怪を巧みに調和させ、広い世代に評価された名作です。
 前述の通り、猫娘のブラッシュアップは水木ファンに衝撃を与えましたが、第3シリーズから水木テイストにはないキャラクターのヒロインを投入するなど30年以上かけて現代翻案の布石があったので、結果的には好意的な反応になっていました。
 また鬼太郎の声優には、人気の高い実力派で実写作品の吹き替えも多い沢城みゆきが5代目として起用され、目玉の親父は不動だった田の中勇から初代鬼太郎の超ベテラン、野沢雅子に交代するという大人事も上手く機能したと思います。

 そんな高評価の第6シリーズからの劇場版がスピンオフ作品になったのは意外でしたが、いわゆるテレビアニメの劇場版ではなく、単独アニメ映画として市場に受け入れられ結果を残す形になりました。

 児童向け冒険アニメではなく、大人向けホラーアニメというコンセプトで成功したシリーズとしては、2008年に京極夏彦らが関与した深夜アニメ枠で「墓場鬼太郎」が放送され、「ゲゲゲの鬼太郎」の第1、第2シリーズの前日譚という位置づけで、当時第5シリーズが放送中であったのにも関わらず、声優陣は初代キャストが担当し、原点回帰作として高い評価を受けました。

 第6シリーズには第14話「まくら返しと幻の夢」で目玉の親父の姿になる前の鬼太郎の父親が登場します。本作はその父親と「墓場鬼太郎」に登場する水木が主役となって事件を解決するプロットになっています。
「まくら返しと幻の夢」と本作は演出家がおなじですが、起用は偶然であるとのことで、キャラクターデザインや人物像も若干の変更が見られます。また、鬼太郎の母親は「墓場鬼太郎」では、不気味な姿態をしていましたが、本作では美化されました。

 鬼太郎は幽霊族という設定です。いわゆる背後霊や地縛霊といったゴーストではなく、人間とは異なる存在ということで、夜中に地上に現れて活動している様子を見た人間が「幽霊」という概念を想起したという水木しげるならではの妙案です。
 西洋の吸血鬼や魔女といったキャラクターに近いといえます。

 物語は地方の大家での遺産相続争いから、主人の裏の顔による陰謀や因縁話が明らかになっていくといういわゆる横溝正史調の舞台設定で、「鬼太郎誕生」という割にはやがて生まれて来るだろう子供の話は一切触れられることがないのも意外でした。

 つまり鬼太郎が生まれる直前の物語ではありますが、鬼太郎の出自に関する話ではなく、いかにも「墓場鬼太郎」と直結しているようには見えますが、ストーリー的な連続性はありません。

 単独作品として完成度がとても高いですが、「鬼太郎誕生」はいかにも喧伝用という感じで、一応はエピローグで鬼太郎が父母の無念を晴らすような展開にはなっていますが、あくまで鬼太郎の活躍を見たいという層には物足りなかったのではないでしょうか。

 ちなみに「墓場鬼太郎」で明確に描かれていますが、目玉の親父は最初から目玉人間だったわけではなく第二形態です。本作は人間と変わらない姿をしていた第一形態時の親父の物語なのですが、現声優が野沢雅子であることから、実は初代鬼太郎の第二形態で、第6シリーズで活躍する鬼太郎は二代目なのではないかなと勝手な想像をしてみたくなります。