着せ替え人形を題材にしたコメディ映画です。
劇中に登場するマテル社がバービー人形を発売したのは1959年です。作中の衣装やセットといったデザインが1950年代~60年代のテイストなのはそのためです。
1962年には日本でも販売されるようになりますが、アメリカのデザインが受けいれられなかったのか1964年の東京オリンピックで舶来への意識が高まるまでは低迷していたようです。さらに1967年にタカラ社がリカちゃんを発売するとテレビCMなどの効果もあり、瞬く間に女子の定番玩具となり、バービー人形は日本の市場から撤退します。
そんなリカちゃんもおそらくネタ元はバービー人形でしょう。ちなみにアメリカでもバービー人形を元に男子向け玩具としてアクション・フィギュアのG.I.ジョーが1964年に発売され大ヒットとなります。こちらも日本の市場では高価格だったためか大きなヒットにはつながらず、兵隊から変身ヒーローなどへアレンジされながら、1974年のミクロマンで大きなブームになります。バブル前夜の日本において価格は大きな要素だったと思います。
そんな訳で、日本ではどこかマイナー感が否めないバービーですが、アメリカでは女子の定番アイテムとなりました。
ここ10年程、ハリウッドでは女性の地位向上を意識した活動や作品制作が行われています。本作のグレタ・ガーウィグのように女性監督の積極的な起用や、「ゴーストバスターズ」や「メイン・イン・ブラック」のように女性版へのリブートなども目立ちますし、性被害の告発やそれを扱った作品が高い評価を受け、第二次女性解放運動期といった印象です。
本作はバービー人形が自身のアイデンティティーについて悩む、いわゆる「自分探し」の物語で、ジェンダー問題のメタファーとなっています。
バービー人形のシリーズにはケンという男性キャラがいますが、そもそも幼い女子がコレクションをするようなことはなく、1体の人形と着せ替え用衣装やアイテムなどに手を広げていくのが一般的で、男性キャラは売り上げの中心にはいません。
これは日本のリカちゃんもおなじで着せ替え人形という特性によるものと思います。ピクサーの「トイ・ストーリー3」にもバービーが登場し、ケンはその相手役として存在していますが、コメディリリーフになっているのは、ケンというキャラクターに玩具として花形のイメージがないためでしょう。
本作でもケンは頭の悪い置物のような存在です。これをライアン・ゴズリングが闊達に演じています。
バービーの世界は完全な女性上位社会で男性は恋愛ごっこの相手をするだけの役立たずな存在です。
そんなバービーがケンと二人でディズニー実写映画の「魔法にかけられて」のように人間の世界へ飛び出してみると、そこには男社会があり、バービーの世界とは大きく価値観がかけ離れていたというものです。
男性優位な社会構造に感動したケンはさっそくバービーの世界を男社会に変革させるといった全編ジェンダー論の物語です。
男が卑屈になるような描かれ方を不快に感じた一部のユーザーが「オッペンハイマー」を関連づけて揶揄する問題を起こしたのかなと思いました。
「トイ・ストーリー」も「シュガー・ラッシュ」も作りモノが自意識をもつことで自分のアイデンティティーを形成するというプロットは、どれもおなじようなところへと帰結していきますが、本作は人間になるというまさかの「ピノキオ」オチで驚きました。
バービーが人形を引退して人間になるということは結果的に着せ替え人形という玩具としての矜持を否定しているようにも見えるからです。
どこまでも持ち主本位の思考を遂行していく「M3GAN/ミーガン」の方が実は健全なのではと思ってしまいます。
明るいコメディ映画にしてはいささかナーバス過ぎないかなと感じたビリー・アイリッシュの「What Was I Made For?」は人間へとシフトしていくバービーの繊細化した心情を描いていて、劇中ではとても美しく響いていました。
アカデミー賞の歌曲賞の受賞はもちろん、グラミー賞の最優秀楽曲賞まで受賞してしまった名曲で、両方の受賞会場でライブ演奏が行われましたが、すさまじいパワーをもっていました。
ハリウッドの娯楽映画にしては続編が設定しづらい内容になっていましたが、プロデューサーも兼任していたマーゴット・ロビーがグレタ監督も同意見とした上で、続編に対する構想も意欲もないことを断言していましたが、そのスタンスも筋が通っていて恰好良いです。
ちなみに本作について前述のように「魔法にかけられて」の手法で表現することもあり得たのではないかと感じました。
人形の世界はバービー人形などを実際の製品に基づいて緻密に再現したCGアニメにして、人間界はマーゴット・ロビーたちのライブアクションにしたら見応えがあったのではないでしょうか。
バービーが人間になるという展開もより明瞭に表現できたかもしれません。