聾唖者であるプロボクサー小笠原恵子の自伝をモチーフにしたフィクション作品です。

 岸井ゆきののストイックな演技で圧倒されます。トレーニングを行ったとはいえ動きの速さにも驚きます。

 ボクシングを扱った作品には傑作が多い印象ですが、日本のボクシングものは階級の関係か、「あしたのジョー」の頃から過酷な減量が軸になりがちです。
「ロッキー」など海外のボクシングものには苦行のような減量に苦しむ姿は描かれませんが、日本のボクシングものはそこが試合前のクライマックスになる場合もあるので、修験者のようなストイックさが強調されますし、メンタルの強さが描かれることで、いわゆる心技体という古武道の精神で語られます。

 記者会見で派手に挑発したり、試合での駆け引きの妙が描かれがちな海外のボクシングものとはまったく別の視点です。

 21世紀になり映画はほぼデジタル撮影に移行し、フィルムのコストが削減されることと、スマホのレンズが高解像度になったことから、アマチュアもスマホで映像作品を製作するようになりました。

 そんな中で、あえて本作は16mmフィルムで撮影されました。

 劇場映画は35mmフィルムが使用されていましたが、時代劇などのテレビ用映画やホームビデオ用のOVAといった低予算ものでは16mmが使用されていました。テレビの画面が小さいため35mmほどの解像度が必要なく、フィルム代も安価になるからです。ちなみにアニメーションも16mmフィルムで完成させ、ビデオにテレシネ(変換)してテレビ放送していました。
 それでも16mmはプロユースですので、映像サークルなどのアマチュア自主製作では8mmフィルムが圧倒的に主流でしたが、平成期には現像所が激減して、むしろ扱いづらいものになっていました。
 さらに10年程前に富士フイルムが映画用フィルムの生産から撤退し、ほどなく東映ラボ・テックや東京現像所もフィルムの現像事業から撤退しているので、フィルム撮影はコスト以外にも扱いづらいものになりました。

 それでもあえて16mmフィルムで撮影したことで、ひたすら内側へと向かっていくボクサーの心情や経営破綻してしまうジムの行く末や、会長の晩節といった人生の印影が描かれた本作が、その他の作品群の中で異質な存在感を放っていたともいえます。
 正直なところでは、フィルムの質感はデジタル処理でも再現可能なので、有限なフィルムで撮影を行うことで、撮影時の緊張感が高まったということなのかもしれません。

 原作は「負けないで!」ですが、「目を澄ませて」は秀逸なタイトルと思います。

 女性ボクサーを描いた傑作というと2004年のクリント・イーストウッド作品「ミリオンダラー・ベイビー」で、ヒラリー・スワンクのマッチョさが印象的ですが、岸井ゆきという童顔な俳優がキャストされた本作を欧米の観客ならどんな風に感じるのかなとも思いました。