アメリカの人気児童書を原作としたミュージカル映画です。

 バーナード・ウェーバーの児童書「ワニのライル、動物園をにげだす」と「ワニのライルがやってきた」を翻案したミュージカルで、ワニのライルは3DCGで表現されています。

 人間の言葉は理解しながらも話すことはできないのに、歌を見事に唄えるというワニのライルと少年の物語です。
 話せないけれど唄えるという設定が「キリエのうた」を彷彿しますが、ライルは人前が苦手で、ステージの上でも唄うことができません。

 マジシャンがショーの小道具用に小動物を購入にショップへ訪れたところ、小さなワニが歌を唄っているのを見つけて、さっそくステージに立たせますが、唄うことができず、マジシャンはライルを部屋に残したまま出稼ぎに行ってしまいます。その部屋を別の家族が賃貸契約をして引っ越して来るという、かなり特殊な設定で物語がはじまります。

 ワニの人気絵本というと「スイミー」のレオ・レオニが描いた「コーネリアス」が面白いです。本作のライルのように孵化してすぐに二足歩行をしたワニのコーネリアスは出会ったサルに憧れて木にぶら下がることを教えてもらいますが、仲間のワニたちの反応はいまひとつというコーネリアスの物語は谷川俊太郎の訳で刊行されています。

 日本の作品にも小風さち作の「わにわに」のシリーズがあります。山口マオのややいかついワニの絵柄が印象的ですが、ほのぼのとした内容とデザインのギャップが楽しいです。1993年に石神井公園でワニの目撃例があり、近所で飼育されていたワニが脱走したか、捨てられたのではないかと大々的な捕獲活動が行われましたが、ついに見つからなかったという騒動から着想を得て創作された「わにわに」シリーズは人気になり、5冊が刊行され、かるたなどの二次展開もされました。

 本作のライルも人間とおなじように入浴したり、料理をしたりと「わにわに」のようなキャラクターとして描かれています。

 日本語吹替版では大泉洋がライルを担当して宣伝活動を行っていましたが、唄うだけのセリフのないキャクラターに大泉洋をキャスティングするのは個性の無駄遣いに感じます。
 原音は若い人気アーティストのショーン・メンデスで、本作においては重要な要素です。逆にいえば歌声しか必要がないわけですから、人気俳優をキャスティングするのであっても山崎育三郎や井上芳雄といったミュージカル俳優や、やはりミュージシャンが適役だったと思います。「SING/シング」の吹替版で大物歌手を起用しているので、二番煎じになることを避けたのでしょうか。
 とはいえ、大泉洋の声質とライルの造形とはマッチングしているような気はします。

 この吹替版にはなぞの演出があります。

 昭和の頃の吹替版は歌唱部分は原音を流用するのが一般的でした。セリフは日本語吹き替えですが、歌になると英語になるというのがミュージカル映画の吹替版スタイルでした。当時の洋画吹替はテレビ放送用に製作されていたので、楽曲に日本語詞を用意してボーカル収録するという手間をかけられなかったのだと思います。また、セリフと歌唱でダブル・キャストになるケースも多いことから、予算の都合もあったかもしれません。
 ディズニー映画は、劇場公開用に吹替版を製作して、平成になるまで字幕版は上映されていませんでしたので、予算をかけた完全吹替が可能だったのでしょう。

 昨今は、吹替版が劇場公開されることが増えましたし、ソフトパッケージ化や配信の際に吹替版を用意するのが主流になったので、ミュージカル曲の日本語化が行われるケースもかなり増えました。
 ところが本作は概ね日本語で歌われるのに、ところどころ原音流用で字幕対応になるのです。このようなハイブリット吹き替えははじめて見ました。
 ショーン・メンデスの歌声も聴きたいでしょうという配慮なのでしょうか。だとしても良くない作りと思います。