昨今の映画館はシネコン化のデジタル上映になったことで、ライブビューイングが可能になり、コンサート会場からの中継映像でビデオライブを行うようになりました。
 アイドルのコンサートなどは、客席のファンはスクリーンに向かって歓声を送っているようです。
 また、映画館の立体音響を生かし、5.1ch音源を収録したライブビデオを上映したり、通常よりも音量を上げて爆音を楽しんだり、ミュージカル映画に歌詞を表示させて一緒に歌うといった、イベント性の高い上映も行うようになっており、まぁ少しは気になっておりました。

 そんな折、友人に誘われて行ったのは映画館ではなくてライブハウス。お台場のZepp DiverCityです。いわゆる大箱のライブハウスですが、上映設備も整っているため、ライブビューイング企画も多いようです。

 今回はポール・マッカートニーが1980年に公開したライブ映画「ロックショウ」の絶響上映というものでした。

 1970年にビートルズを脱退したポールはソロ・アルバムをリリースしますが、当時はコケてしまいます。私はとても好きなアルバムですが、当時はビートルズのポールがコレかよといった受け入れ方だったようです。
 ポールはジョン・レノンなしでビートルズができるかと自分に課して、メンバーを集めウイングスというバンドを結成します。
 最初は覆面バンドとして地方を巡業し、1971年に1stアルバムをリリースします。ところがなかなかメンバーが固定せず、いまいち実態が判然としないまま、ついにはポール夫妻とマルチプレイヤーのデニー・レインの3人だけになりながら1973年に3rdアルバム「バンド・オン・ザ・ラン」をリリースしますが、これが超名盤。
 バンド活動をしたかったポールですが、中身はほぼ単身でマルチ・レコーディングしたほぼソロ・アルバムになるという皮肉な作品ですが、名義はウイングスなので、ポールの新バンドによる最高傑作となりました。
 今も当時も成功とは全米1位になることですから、ジョンがいなくてもビートルズのブランドがなくても、ポールは最高のミュージシャンとしなり、新たなファンもついたわけです。
 1975年にはやっと5人体制となったウイングスの4thアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」がこれまた傑作で、その勢いのまま1976年には「スピード・オブ・サウンド」をリリースし全米ツアーを成功させました。
 ツアーのライブ録音のベストテイクを編集して、1976年に3枚組のライブ盤「ウイングス U.S.A. ライヴ!!」をリリースしますが、このツアーでは35mmフィルムでの撮影も行っており、1980年にライブ映画「ロックショウ」として劇場公開されました。
 ついでに書くと、この頃のウイングスはまさに絶頂期ということになりますが、やはりまたまたメンバーが脱退、ここからトーンダウンし、路線を変えたり、レコード会社を移籍したりしますが、日本での逮捕、ジョンの暗殺と不遇な1980年を経て、ウイングスは自然消滅しました。

 ビートルズ同様、ほぼ10年の活動の中から黄金期のライブを記録できたのは幸いで、「ロックショウ」はポール・アイテムの中では重要なものとなっています。

 お台場のダイバシティー東京内のZepp会場に入ると、これはライブハウスですからワンドリンク付ということでカウンターで受け取ります。ライブハウスなんて久しぶりなので、なんだか懐かしい気持ちで客席を行くと、音楽評論家の萩原健太氏がトークショーをしていました。遠目に見るとガダルカナル・タカっぽかったです。

 私は後追いのビートルズ・ファンなので、1970年以降のソロ活動期については、ジョン・レノンは聴いていましたが、ウイングスはあまり好まず、むしろポールのソロ作品を拾い聴きし、ウイングスはほぼベスト盤で通り一辺倒といった感じです。
 けれどリアルタイム世代は、こと「ロックショウ」には特別な思いがあります。
 ビートルズの来日公演から10年後となる1975年11月にウイングスの日本武道館ライブが決まっていたものの来日直前に法務省が入国審査を却下、麻薬の前科持ちはお断りとしてキャンセルとなっていました。5年後ついに念願の武道館公演が実現し、羽田空港に14年ぶりに降り立ちますが、ここで所持していた麻薬が見つかり、そのまま刑務所に収監され、当然のこととして公演は中止となりました。
 その翌年に「ロックショウ」は公開され、日本上映版のみ7曲を追加収録した完全長尺版となりました。ファンを泣かせたお詫びなのでしょう。
 その泣かされたファンたちにとって「ロックショウ」はまさしく幻のライブの疑似体験なのです。

 私はビートルズ・ソング満載でのソロ初来日となった1990年の東京ドーム公演、2002年の東京ドーム公演、そして端の方とはいえアリーナ2列目で興奮した2017年の東京ドーム公演を体感しているので、1976年のウイングスのライブにはこれまでとは違った思いがよぎりました。

 まずはそもそも34歳という、自分よりも年下のポールがそこにいるということ。そして、楽曲がすべてライブ・アレンジということです。
 当たり前のことなのですが、昨今は機材の進化が著しく、凝りに凝ったスタジオ録音も、ライブ・ステージで再現できてしまいます。
 昨今のポールのライブでは、アレンジを変えている曲もありますが、代表曲、人気曲はレコードのイメージをきっちり再現しています。
 ですが、1976年は5人編成のバンドなら、5人編成のサウンドになります。ホーンセクションのサポートはあるものの、「バンド・オン・ザ・ラン」の音圧は再現されず、いい意味でスカスカのサウンドになっています。生演奏のリアリティに、ごまかしの効かない迫真さを感じました。

 そして改めて感じた「イエスタデイ」のパワー・ソングぶり。ファン投票しても絶対に上位に来ない大代表曲「イエスタデイ」だけど、聴くとやはり圧倒されてしまうから、本当に神がかりな曲だなと思います。