幸せだと思うために 必要なこと
「寂しい」の居場所を持っておくこと
それがなくなると ただ苦しくなるだけ
あればどこかで自分を認めていられる
ちゃんと幸せに反応し続けるために
その相反がかかkせないのである
幸せだと思うために 必要なこと
「寂しい」の居場所を持っておくこと
それがなくなると ただ苦しくなるだけ
あればどこかで自分を認めていられる
ちゃんと幸せに反応し続けるために
その相反がかかkせないのである
楽しいこと 悲しいこと
いろんなことが周囲で起こる
そこには不思議なストーリーがある
誰かの隣に誰かがいて
そこで幸せそうに笑っている
個々の生きる上での不思議な設定
でも幸せばかりとは限らない
だから できることなら
少しでも誰かのダメな設定をイジって
少しでもおもろくなるようにしたやりたいもんだ。
日々の暮らしにおいて
「味気ない」のはつまらない。
では、何が「味」を生み出すのか?
おそらく それは
自分自身を溶媒とした場合に
その中に溶かし込んだもの
つまりは溶質によるのだろう。
思考、思想、感情、趣味、特技、仕事などなど・・・
いずれにせよ
傍目から見てすぐ分かるレベルに ないくらい
深く溶け込んだものが
「味わい深い」 複雑な味を生み出すのだろうね。
そして そこにまた新たな溶質が溶け込んだ際に
不思議な化学反応が起こるのだろうね。
例えば 何かが愛おしく思えることとかね。
知らないことがすぐ知れる
そんな現実世界に息をする。
知らなきゃよかったと後悔する
そんな現実世界で息をする。
だから
この眼 この耳 この手を伝い
直に伝わるその生命体の情報が
この世界で呼吸する意味だと信じていたい。