ライズ・オクトーバー・ライズ  [47] | Kのガレージ

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“書く”ということを続けていたい。
生きたという“あかし”を残したい。

「皆さん!Tシャツ、お待たせしました!」

 十月一日。昼休みのピロティに、祐輔が大きな段ボール箱を抱えてやってきた。予定通り午前中に届いたTシャツを、昼休みにメンバー全員に配って、今日の部活からそれを着て練習する、そういう段取りになっている。その段取りも、Tシャツの製作から注文まで、今回は祐輔が一人ですべて取り仕切った。

「来た来たー!さあ、どんなかな?」

「舞さんのおかげで、バッチリですよ!」

 夏の大会でTシャツ担当だった舞は、今回の担当に名乗りをあげた祐輔に、Tシャツ担当の先輩としてアドバイスを送ったり、製作や注文に関する細かい相談にも乗ってやっていた。

「オープン!と行こうか」昼休みの自主練をしていた慎太郎が、ステップを踏みながらピロティの真ん中に置かれた大きな段ボールに近付くと、ガムテープを剥がし始めた。

 中には白いTシャツが敷き詰められていた。慎太郎が一枚、取り出して広げてみせた。

 

 OCTOBER RISE

 

 胸の部分に、燃える炎を模したデザインの真っ赤な文字で、そう綴られている。

「おぉ……インパクトあんな」慎太郎はしばらくその文字を眺めた。その下に、紺色の小さなゴシック体で「FOR DANCE FEST 11.3」とプリントされている。

「真っ赤!」

「燃えてるじゃん!」

 美咲と綾香が目を丸くして慎太郎が掲げたTシャツを眺めた。

「はい、燃えてます!ダンフェスに向けて、燃え上がろうぜ!ってことで」祐輔の表情は真剣そのものだ。

 慎太郎は掲げたTシャツを前に後ろにひるがえしてみせた。背中には夏の大会同様、Moriwaka Dance Clubの文字が一行、紺色のゴシック体でプリントされている。

「これ、メジャーリーグのやづでねぇが?」紙パックのコーヒー牛乳を片手に、あとからピロティに現れた泰造が、何かに気付いたように言った。

「そうっす!泰造さん、気付いちゃいました?俺、メジャーリーグ好きなんですけど、十月にプレーオフに進んだチームが、選手もスタッフも全員が着るTシャツのセリフ、いただいちゃいました!」祐輔が嬉しそうに、熱っぽく語った。「十月、これ着ててっぺん目指しましょう!」

「この大会だけなら……。ダンフェス終わったら、私このTシャツ、着れないかも……」インパクトのある熱いデザインに、乙葉は戸惑いを隠せない様子でつぶやいた。

「わ、私も、ちょっと……」

「団結するのには、いいけどね……」

 鮎子とすずも、やや引き気味だ。

「えっ!?ダメ?ダメっすか!?」女子の反応を見て、今度は祐輔が戸惑い始めた。

「あんたの無駄に熱いところが出ちゃってんのよ!」亜加莉が半笑いで祐輔をたしなめた。

「僕は好きだよ。いいと思う!十月、燃え上がるぞ!っていう意気込みが、すごい伝わってくるよ」タケルがすかさずフォローを入れた。

「まぁ、いいんでねぇが?まずまずだべ。初めでにしては」泰造がほとんど関心のなさそうな顔で言った。そのすぐあとに、ズー、ズー、とストローでコーヒー牛乳を吸う音が聞こえた。

「じゃあ、今日の部活からな!」そう言って慎太郎が全員にTシャツを配り始めた。「哲太のぶんは……泰造、お前、渡しとけよ」

「はい、はい」泰造が二人分のTシャツを面倒そうに受け取った。

 

「曲も振り付けも、サマダンのと一緒。変えないから。これを本気で突き詰めて、ダンフェスはマジで全国狙うよ!」

 九月上旬。二学期が始まって間もない放課後のピロティで、メンバーたちに向かって美咲がゲキを飛ばした。

 ——美咲さんたちの、最後の大会——。

 タケルは緊張の面持ちで美咲の言葉に耳を傾けていた。夏の大会は補欠として客席からメンバーたちの勇姿を見守っていたけれど、今回は違う。補欠じゃない、部員全員でステージに立つ、夏休み明けに美咲からそう告げられている。

「ただ、フォーメーションと構成は変える。哲太に、パワームーブのソロをやってもらう」

「!?」

 美咲以外の全員の顔に、ハッとしたような表情が浮かんだ。久しぶりに部活に姿を現して、下を向いて話を聞いていた哲太も、おもむろに顔を上げた。

「今回は哲太をメインにしたプログラムにするから。サマダンで審査員に言われたこと、みんな憶えてる?今度は哲太を前面に出して、哲太にはおもいっきり暴れてもらって、文句のつけようのないプログラムにするの」

「暴れて、って……いいんすか?」哲太がボソッとつぶやいた。かなり疑問めいた口調だった。

「勘違いしないでね、これはウチらが、ウチらの最後の大会で、悔いを残さないためにすることだから。ウチらのチームのポテンシャルを最大限に発揮するための作戦なの。だから哲太にも、持ってるもの全部ぶつけてほしい」美咲は力強く言い放った。一点の迷いもない、これで勝負する、そんな意気込みが溢れていた。

 パワームーブはブレイキンの華だ。ダイナミックな回転技の連続で、ブレイキンの試合ではその完成度が勝敗に直結すると言ってもいい。美咲たちが臨むのはブレイキンの大会とは違うけれど、構成にパワームーブを取り入れられれば、見た目のインパクトはもちろん、審査の上でも大きな加点につながることが期待できる。

 そしてそれをやるのは哲太だ。ブレイキンのレベルとしても、パワームーブの使い手としても、社会人を含めた県の代表合宿に呼ばれるほどだから、構成にうまく取り入れられれば、それが森若高校にとって有利に働くことは間違いない。

「わがったっす」

 小声でボソッと、でも確かに自分の役割を自覚したように、哲太が言った。

 それを確かに聞いた美咲が声を張り上げた。「よし!いい!?まずは十月の地区予選がピークだからね!今日から上げてくよ!」

 

 昼休みに配られたTシャツを手に、放課後のピロティに集まった十二人は、真っ赤に燃える大きなフォントでOCTOBER RISEとプリントされたそのTシャツを身にまとって、練習前のストレッチを始めた。その光景を目にしながら、タケルは九月上旬の、美咲が最後の大会をどう戦うのかをみんなに熱く説いた、そのときのことを思い出していた。

 ——ついに、十月か。

 みんなと同じようにストレッチをしていたタケルの、眼差しにも手にも力がこもった。