ライズ・オクトーバー・ライズ  [46] | Kのガレージ

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“書く”ということを続けていたい。
生きたという“あかし”を残したい。

 森若太鼓行列の翌日からは雨が続いて、気温もそれほど上がらなかった。テレビも街の人たちも、口々に冷夏だと騒いだ。茂も志乃も心配した。

「こどすぁ、米も野菜も、ダメがもすんねぇな……」

「ほんだね……」

 やっと晴天が続くようになったのは、九月も半ばを過ぎてからだった。それまでが嘘のように、雲ひとつない晴れ晴れとした秋空が広がるようになった。そして朝晩は急に冷え込むようになった。濃いスカイブルーをバックに、真っ赤に紅葉した山々は、じっと見ていたら油絵と見間違ってしまいそうなほど美しいコントラストを描いた。タケルはその光景をしばらくぼーっと眺めることが増えた。

 ——こんな風景が、こんな身近にあるなんて。

 その光景は、これまで見たどの写真よりも生々しくて、どの絵画よりも迫力があった。そこは茂や賢三の家が建つ集落の東側の、裏山と言ってもいいほどありふれた、名前もないような小さな山に過ぎない。それでもしっかりと満遍なく紅葉していて、少し離れた喜多川の土手から眺めたら、空も山も、鳥肌が立つほど美しかった。

 

「こどすぁな、これで終わりでねくてな、県の郷土芸能祭さ出るがら。十月に」

 森若太鼓行列の翌日、有志の大人たちに混ざって、日曜日の公民館で昨日の片付けの手伝いをしていたタケルに、賢三がそう告げた。

「県の郷土芸能祭……が、あるんですか?」

「んだ。十月だ。日高見で」

「ひたかみ?」

「んだ。日高見市。タゲル君、はぁ、行ったごど、ねぇが?」

「え……はい、知らないです。どこですか?」

「もりわがけんの、ちょうど、まんながぐれぇだな」

 賢三が言うように、森若県の中央付近に位置する日高見市は、人口では森若県で五番目の小さな都市だけれど、日高見市とその周辺地域は、郷土芸能や伝統芸能の保存や伝承に対する意識が高くて、その歴史と風土は県内でも指折りの土地だ。その日高見市で十月に森若県の郷土芸能祭があって、賢三の保存会が出るのだという。

「郷土芸能祭さ呼ばれるごど、ながながねぇがらな」

「四、五年に一回ぐれぇでねぇが?」

「はぁ、太鼓も、笛も、上手いやづだけ選んで、出ねばねぇな」

「十月の終わりだべ?」

「んだ。十月末は、まだ毎日、練習会やらねばねぇ」

有志の大人たちが、口々に郷土芸能祭の話をし始めた。どうやら毎年のことではないらしい。そして、輪番制なのか何なのか、四、五年に一回ほどのペースで呼ばれるようだ。十月の終わりに行われるという。それに向けて、十月末は毎日練習会をやらなければいけないことになりそうだ。

 ——ダンフェスの予選と、かぶるんじゃないかな……?

 

「ダンフェスの地区予選は、その前の週の土曜日よ。だから大丈夫。まずはダンフェスに向けて全力で行くよ!いいね!」

 森若太鼓行列が終わった途端、美咲はダンス部の練習時間を伸ばして、最後の大会に向けて大きく舵を切った。夏休みの残りの期間は、まるで合宿のように午前・午後と練習が行われた。真夏のピロティには毎日、ダンス部員たちのかけ声がこだました。

 そこに哲太の姿はなかった。

「あいづぁ、ブレイキンの合宿だ。森若県代表の。高校でねぇぞ、大人も含めだヤヅだ」

「えっ?マジっすかぁ!?やっぱ哲太さん、すげぇなぁ……」

 泰造と祐輔の話を耳にしながら、哲太は決して部活をサボっているわけではないということがわかって、タケルは安心した。夏休みは体力強化のメニューばかりだったから、てっきり哲太は興味がなくて来ていないものだとばかり思っていた。

 

 夏休みが明けて、最初に哲太が部活に姿を現したとき、思い切ってタケルは哲太に話しかけてみた。

「哲太さん、別の保存会で一八、やってたんですね!僕、見ました!すごかったです!」

「ああ……一八な、金もらえっがらな。バイトだじゃ、バイト」

「えっ!?」

「ウソ、ウソ。ハハハ」哲太が冗談を言うなんて初めてだったから、タケルはすっかり面食らった。

「たまたまだじゃ。あの保存会の一八、病気で出れねぇっつって、俺ぁ、呼ばれだんだ」

「そうだったんですか!?」

「んで、謝礼もらった。一万円。ながなが、いいべ!?」

「えっ……!?」お金の取れる一八。観客が言っていたことは、事情があったとは言え、本当だったことになる。

「おぉ、そう言えばお前ぇの太鼓、見だぞ。ながなが上手ぇな、お前ぇ」

「あっ、ありがとうございます」

「いぢばん、上手ぇがった。そりゃあ先頭にもなるべ。さすが、ずさまど毎晩、練習してらっただげのごどは、あんな」

 その爺様、哲太の祖父の賢三が、このことを聞いたら何と言うだろうか。お金をもらって一八をやるなんて、明らかに賢三が嫌うであろう類いのことだ。やっぱりこの話は賢三の耳には入れないほうがいい、タケルはそう思った。

「県の郷土芸能祭さ出んだべ?頑張れや」哲太がまるで他人事のように言った。

「あっ、はい、ありがとうございます」

 ——あなたは、出ないんですか……?

 そう思いながらも、きちんとお辞儀をしたタケルに祐輔が寄ってきた。

「お前、いいなあ!哲太さんから褒めてもらえて!哲太さん、ブレイキンの合宿のこと、聞かせてくださいよ!どうだったんですか?」

「合宿の話?……ベづに、ねぇ。つまらねがった」

「えっ!?」

 つまらなかった、そう言い残して哲太は耳にイヤホンをして、一人、音楽を聴きながらストレッチを始めた。いつものぶっきらぼうな哲太の姿に戻っていた。

「おう、一匹狼!群れさ戻って来たが!つまらねがった合宿の話、俺さも聞かせでけろでゃ!」

 あとから現れた泰造が、哲太がイヤホンをしているのをいいことに、わざと大きな声で茶々を入れた。