インタラクリ -2017ページ目

たった1ページなのに、オチを見せない。

歩くCGM。

mixi Wコミュ・キャンペーン

「余談」「雑感」ジャンルの開設に関しまして

あらためまして、sudaです。


今まで、mixiと併走するカタチで、記述し、

ブログは「原稿」、mixiは「日記」みたいな区分で

書きわけておりましたが、

思うところあって、いっしょくたにしてみることにします。


(思うところ=2つ書く時間がない、気張ってチャンとした原稿だけを

上げようとすると、エントリーがマメにできない、

もうちょっと軽く書いたものもあっていいのでは?と思った、など、です)


その際、本来のこのブログの設立趣旨である

「マス広告とインタラ広告の、よりよい関係のため」の論説・記述と、

はっきり区分けるために、

「余談」「雑感」というジャンルを、開設します。


「余談」は、インタラクリ以外での関心事。

「雑感」は、無関心事ですが、であったことや情報への感想。

という、分類です。


とはいえ、同じ脳の反応なので、

この「余談」や「雑感」から、次のテーマが育ってくることも、

大いにあるかと、思います。


忙中の閑を見つけて、マメにエントリーしますので、

今後とも、よろしくお願いいたします。

自分ごと化して、操縦するCM

新しい現実を、作る。

私が、今、身をおいている汐留のHDYの、新社長に就任されたT田さんの、言葉。
「広告会社は、自らの知恵で『新しい現実』をつくりだすべし。」


この前、たまたま、エレベーターでバッタリお会いしたので「新しい現実」という言葉はよいですねー、と声をかけてみた。


脳の中にあるもの=脳の中にしかないものが、「作る」という行為で「実体」=「現実」になってゆく。これ、茂木氏や養老氏が唱える「脳化する世界」という考え方だ。


発明は、これの最たるもので、輪ゴムでも、クリップでも、電球でも、電話でも、WEBでも。誰かが、それを思いついて、なんとか工夫して、それをこの世に産み出すと、そして、皆がそれを使いだすと、それまでの世界とはまったく違う世界になる。「新しい現実」が出来上がる。


大事なのは、「思いついたら、作る」ということだ、と思う。
しかも、思いついたら「スグ」作るということだと、近ごろ、つくづく思う。


思いついた時のエネルギーは、思いついた瞬間がMAXで、後は時間と共に減衰してゆくだろうから。


思いついたことを、作って「実体」にすると、脳がそこからインセンティブをもらい、「もっとやろうホルモン」が、ピュピュッと出る。


「できるかどうか、わからない」とか「できっこない」ではなく、「あ!それ、やったら、面白いじゃん!やろうよ!」である方が仕事は絶対面白い。


マス広告界から、インタラ広告界に来て感じるのは、皆が、新しい仕事で人を驚かしたい、人より先に新しいことをしたい、というモラルが非常に高いこと。企画打ち合わせでも、ごく普通に「新しくないですね、ソレ」と、言う。フカしではなく。(まあ、フカシの人もいるけど)


何を考えるかで、良い世界にもなれば、悪い世界にも、なる。悪い想念に捕り憑かれれば、世界は悪くなって行くし、良いイメージを持ち続けられれば、世界はよくなって行く。


だから、いつも「いいこと、思いついた!」で、いきたいのです。それが、一番楽しいから。


やったことないけど「できる、気がする」のも大事。いつも、やったことないことを、やりたいのだから「できる、気がする」以外に頼れるものはないです。


考えてみると「この棒を、擦り合わせると、なんか、火とかでるんじゃないかなー」とか「後ろ足で立つと、前足が自由になって、物とか持てたりんじゃないかなー、ウッキィ」とか、そういう思いつきの実践から、始まった人類の歴史なわけですから、・・・だから、思いついたら、さっさと、作りましょう。

15秒で、入らない。

・・


(本文なし。追補公開@100503)

露出ではなく、関与にペイする。

(読者の皆様、毎度ありがとうございます。ものすごく、眠いのですが、エントリーをあげてから1回帰ります。なんかよくわからないくらい反響があって、ビックリしてます。ありがたいことです。)


アドイノベーターの織田さんが、5月下旬に「主協」主催のセミナーで行った基調講演。「欧米で広告の評価基準が変わりつつある」という話。その中で、一番瞠目したのが、下記の概念です。一昨日のH大での講演も、同じテーマだったそうで、今から、これから、しばらく重要なトピックになってくるはずです。それが、広告の新しい効果指標=エンゲージ、です。


「エクスポーズ(露出)から、エンゲージメント(婚約とか、関係成立とか)へ」


これ、考えてみれば、なるほど、当たり前だよな、と思うわけです。こんなに、情報が過剰に露出している昨今の世の中で、「広告を出稿しました。〇〇単位、露出しました。」だけじゃあ、広告屋として仕事になってない。今までも、たしかに、いわれはしました。CMを打ったのに売れないじゃないか!とか、調査しても好意度が上がらないじゃないか!とか、だから代理店変えるぞ!とか、制作変えろ!とか。。。


しかし、僕が、織田さんの講演から感じた、状況の「変化感」は、そういうことよりも、もっと「シビア」なものでした。それがタイトルの「広告露出にはペイせず、ユーザーと結ばれた関係にのみペイする」っていう考え方です。すでに、検索広告などは、こうなってますよね。クリックされなければゼロ円、クリックされれば〇〇円。


この感覚が、一般の人にあたりまえのものになり、そして、広告主にとってもあたりまえになってくると、マス広告に対する見方も、はっきり変わってくるでしょう。評価が変わり、ペイが変わるはず。ユーザーに届いてるかどうか、チェックできない広告に、莫大なお金を払うということに、得意先が疑問を持ち始めています。


インタラクティブな広告では、すでに、あたりまえに突きつけられてること(アクセス数とか)ですが、同じ「意識」で、非インタラクティブな広告も裁かれるようになると、キツいっちゃ、キツいですよ。ぶっちゃけ、広告主にとっては、エンゲージの方が絶対ありがたくて、広告会社+媒体社にとっては、エクスポーズの方が絶対ありがたいわけですから。


ただ、状況は激変しつつあって、欧米の人たちは、新しい国際基準を打ちたてようと、画策中だそうです。


この話を聞いた時に、なんとなく夢想したのが、バズやCGMの未来像でした。それは、従来の視聴率(=それ前提の課金)を信用できなくなった広告主にとって、CGMというモノが、逆向きに反射された「リアルな視聴率」みたいなものとして計測されて、それが広告会社がお得意先からお金をいただく際の、エビデンスのようなもの、になってゆくのかなあと、。


それがあって始めて、TVCMを打つことを、経営者に対して主張できる、っていうか。クロスメディアの、ひとつの、あんまり嬉しくない「完成形」として、の未来イメージ。(いや、すでに、そうなってるのかも、しれませんが)


マス広告制作者の方たちで、この迫り来る現実に、真剣に冷や汗かいてる人って、どのくらいいるんでしょうね?意識の高い人も、勿論多くいます。ただ、インタラのあたりにいると、こういう話がすごく多いのですが、場所が違うと、入って来ない情報もありますしね。、、意外と「そんなのは、営業が考えりゃいい」、、くらいにしか思ってないのかなあ。。。それだと、怖いなあ。

マス広告とインタラ広告の違い

ずっとマス広告をやってきた企画者の視点から、WEB広告におけるエンタメの役割をかいつまんで、述べます。


従来の広告エンタメの主舞台は言うまでもなくTVCMだった訳ですが、様々な理由で、他の場所を求めて、広告のエンタメが移動してきました。依然として、TVは家庭内エンタメの王者には、違いないのでしょうけれど、広告に関して言うと、最初の「出会い」以外は、あんまり働かないメディアかな、とも言えます。(勿論、出会いは広告では極めて重要ですが)


で、このWEBにおける、広告エンタメの一番重要なポイントは、

1.単なる「受動視聴」ではない、ということ。
2.「たまたま出会う」ということは、ほぼ絶対にない、ということ。


ここを、わからずにプランニングする例が、特に、マス広告発想の制作者に意外と多いのです。たとえば、ショートムービーをWEBで公開しよう、とか。。それ自体を否定しませんが、そこ止まりではいかんのです。いかん理由があります(上の2点と対応してます)。重要なのは、


1.インタラクトしながら、鑑賞するものである、ということ。
2.鑑賞して、終わり。、だと、ちょっと困る、ということ。


1に関して。ユーザーはTVを見るときのように、後ろ30度では、見てません。前30度の姿勢で、右手にマウスを握りしめ、やたらにカチカチやりながら、鑑賞しています。はっきり言って、TVを見る時より、相当せっかちです。TVの人は、なぜかこれが「感覚的」にわからないようで、「終わりまできっと見てもらえる」という思いで、表現を作っている気がします。自分がネットをうろついてる時の感覚で、自身の仕事を見れないんですね。「即オチ」に日々さらされているWEBの企画者には、そんな呑気な人は、あまりいないんじゃないでしょうか。もちろん個人差はありますが。


2に関して。偶然出会うということが、ほぼ絶対ないWEB広告にあっては、エンタメも、面白かったね♪チャンチャンで終わられては、困るのです。誰かに言いたくなる、とか、また見たくなる、とか、ブログに書きたくなる、とかが、非常に重要です。一度打った広告が、送りっぱなしで消えて終わりではなく、ネットワーク上で、ある期間中持続して効いて欲しい。これには、そのエンタメの出来の良さも重要ですが、そもそも広めたくなる企画や仕掛けであることが、が超・重要。


最後に、もう一つ、大事なポイントがありました。WEB広告のエンタメにとって、一番きつい点。TVCMから来て一番ビックリしたこと。それは、自主やイリーガルを問わず、WEB上に存在している様々な面白コンテンツと、まったく同じ土俵のガチンコ勝負だということ。一企業サイトも、職人さんのFLASHも、見る側にしてみると区別はない。だから、広告としてエンタメを作る際も、そういうWEB上の話題作と勝負して負けないか?という自問が必要です。「プロ」として「自主」の人に負けてたまるか!という熱意で挑むべきです。


そのモラルは必ずや報われて、一度「面白い」という評判が立てば、いっせいに広まり、アクティブユーザーや、すすめられた皆さんが、いっせいにやって来て、ブログやMIXIに「書きコミ」してくれて、そのアクセス数や、書いてくれたコメントが、リアルな評価としてサーチできるんです。制作者が、生活者から、ダイレクトに「レス」をもらえるようなモンです。


だから、WEBインタラ広告っていうのは、広告屋にとってホントに面白くて、醍醐味が、あるんです。少なくとも、今の自分にとっては、そうです。

身のおきどころ。

本日、6月30日をもって、長年、勤めた博報堂を退社いたします。
、、という皆様が、私の身近に、お二人います。


一人は、私の直上のインタラクティブ・クリエィティブ室長、K井さん。
もう一人は、同じT美大Gr出身の、G田くん。

しかし。


「やめる」というと、何か「終わる」イメージが伴いますが、
「新しいことを、始めます」という方が、お二人の実情に近いでしょう。


同じ状態も、とらえかたと、「言葉」で、まるで気分が、違う。


新しいことを、やりつづける。
やったことのないことを、やりつづける。
それが、できなくなったら、また、次の所に行く。


私自身、マスのクリエィティブ部門を「やめて」、
インタラクティブのクリエィティブ部門で「新しいことを、始めて」、面白くてしょうがないです。


やっても、やっても、新しいことができる、感じ。


こんなに仕事が、面白いのは、入社以来、これで4度目で、
1度め.入社した時。
2度め.O貫さんの下についた時。
3度め.CMの演出をやり始めた時。
4度め.インタラに来て、仕事をおぼえ始めて以後。


面白くなくなったら、
5番目、6番目の場所に、行けばいいのだ、と思うと気が楽です。
(で、何が、やりたいの?と、言われそうですが)


やりたい仕事、面白い仕事をやって、楽しいと、思う。
仕事がやりやすい、場所で。

それが、一番で、それが、全てですね。


ていうか、そういえば、


身のおきどころ、も、変わったなあと、思いました。

昔は、会社。家。
今は、サーバー。


メールとか、携帯ナンバーとか。次の連絡先には、かかせませんし、
HPやブログを持ってる人は、勤め先以上に、重要なホームポジションですよね。


人の在り処が変わると、人の在り様も変わって行くでしょう。