くじらの中で14 | オーナーの読書室

くじらの中で14

ヒットラーの三つの標的は、どこからどう見ても、英国、フランス、そしてUSSRであって、この三国は、ある種、居心地の悪い“国交回復”をさせられている。このことは、英国、あるいはフランスの共産主義者は、良き愛国者であり、また帝国主義者であることを余儀なくされているという意味であり、――すなわち、彼(共産主義者)は、過去十五年間にわたって攻撃してきた、まさにそのものを擁護するということになる。コミンテルンのスローガンは、突如として、赤色からピンクへと減衰した。“世界革命”と、“社会主義ファシズム”が、“民主主義の擁護”と、“ヒットラー打倒”へ道を譲ったのである。1935年から9年の間、それは反ファシズムと、人民戦線の時代であり、“レフト・ブック・クラブ”の全盛期であった。赤色のダッチ(公爵夫人)と、“広き心をもった”ディーン(長老)たちが、スペイン戦争へと、戦場ツアーを繰り出した時代であり、ウィンストン・チャーチルは“デイリー・ワーカー”で、青い目をした少年であったころである。もちろんその当時から、“路線”のもうひとつの変更があった。だが私の目的にとって重要なことは、それは反ファシストの局面において、より若い作家たちが共産主義にひきつけられたという点である。


 ファシズムと民主主義の乱闘は、疑いもなくそれ自体がアトラクションであったのだが、いずれにせよ、彼らが転向するのはちょうどそのころのことであった。レッセフェール(自由放任)の資本主義は終焉し、そして何らかの再構築が必要であることははっきりしていた。1935年時点での世界において、政治的に無関心でいることはほとんど不可能であった。しかしながら、何故、こうした若者たちが、ロシア共産主義のような縁遠いものに目を向けたのだろう? 精神的な正直さというものを不可能にさせるような社会主義という形式に何故、作家たちは魅力を感じたのであろうか? このことを説明するには、不況と、ヒットラーの前にすでに云々されたものにあった。すなわちそれは、中間層の失業ということであった。


 失業問題は、ただ単に、職がないということではない。たいていの人は、最悪の時代であってさえ、何らかの職を“得る”ことができる。問題は、1930年ごろまでに、何のうごき(活動)もなかったという点である。おそらくその例外としては、科学研究、芸術、そして左翼政治などが、思索する人々にとって信じることができるものであろう。西洋文明の正体があばかれて、それが頂点に達しており、“幻滅”というものがひじょうに広範に広まっていた。平均的な中流階級で、今や、どうやって人生を当然のごとくおくってゆくことができるのだろう? 彼らは、兵士であり、聖職者であり、株式仲買人であり、インドの公務員であり、その他あらゆる職業の人間であった。われわれの祖父の時代に、彼らが生きたもろもろの価値観のどれだけが、現在まじめにとることができるというのか? 愛国主義、宗教、大英帝国、家族、結婚の尊厳、旧い級友とのつながり、出産、子育て、名誉、規律、――普通教育のどれもが、三分間で、そうしたものすべてがひっくり返され得るのだ。しかしながら、愛国主義や、宗教といった基本的な事柄を捨て去ることによって、結局のところ、君は何を成し遂げたというのか? “信じることができる何か”のために、その必要性のあるものを、君は、必ずしも捨てたわけではないのだ。二三年前に、一種の間違った夜明けがあった。多くの若きインテリ、その中には数人のひじょうに才能豊かな作家たちも含まれるが、(エブリン・ウォー、クリストファー・ホリス、その他)、彼らはカソリック教会へ逃げ込んだのだ。こうした人々は、ほとんど例外なく、ローマ教会へ行ったのであって、例えば、英国国教会や、ギリシア教会や、プロテスタントの宗派等ではなかったということは重要である。彼らは、すなわち、世界的な組織をもった教会へ行ったのである。その組織とは背後に、厳格な規律、そして権力と威信をもつものであった。唯一、真に第一級の才能をもったエリオットだけが、遅れて改宗したのが、ローマ教会ではなく、アングロ・カトリキズム、つまり、それはトロツキズムの教会版なのだが、これであったことは注目に値(あたい)する。ただし、30年代の若い作家たちが、共産党にひっかかった理由がこれであることについて、これ以上言及する必要はないと、私は思っている。それは単に信じる何かであったのだ。それは教会であるし、軍隊や、ひとつの正当性、規律なのだ。父の国、そして、――とにかく1935年ごろから、――総統閣下だ。知識人が追放したのではと思われていたすべての忠誠と迷信が、最もうすっぺらな仮面の下に、急いで戻ってきた。愛国主義、宗教、帝国、軍事的栄光、――すべてがひとつの言葉に集約されていた、すなわちロシアである。父、王様、指導者、英雄、救世主、――すべてがひとつの言葉、すなわちスターリン。神、――スターリン。悪魔、――ヒットラー。天国、――モスクワ。地獄、――ベルリン。すべてのギャップ(裂け目)が埋まった。だから、つまるところ、英国知識人の“共産主義”とは、説明することができる何かである。それは、故郷をなくした(デラシネ)者の愛国主義なのだ。


――つづく