夢の話ー1 | オーナーの読書室

夢の話ー1

夢の話



今回は、私のちょっと変わった夢の話しをしよう。


六十を目の前にすると、完全にヤキが回っているので、子供時代を懐かしむことが多くなる。私の子供時代といえば、尼崎市だ。国道二号線から一本北に入ったところに、国道に沿うかたちで、通りがあって、当時、住所表記でいえば、尼崎市昭和北通り八丁目というところであった。現在ではこの昭和通という地名は使われていないようだ。いかにも昭和になって付けられたような通り名だが、そしてそこは、どこにでもあるような町中の通りで、私の住んでいた家は、その通りからさらに路地に入ったところにあった。この昭和北通りは、それでも一応商店街らしきものを構成していて、私の家のすぐ南隣、すなわち自宅を出て、昭和北通りのほうへ南に向かって出ると、そこには電気店があり、そしてその路地をはさんだ横の店は書店で、向かいはふとん屋さんがあり、またその電気店の右隣は豆腐屋、その横にも何か店があって、その隣は、昭和北通りとクロスして「昭和市場」があった。そしてその昭和市場を通り過ぎると、「第二新歌月劇場」という映画館があった。なぜ「第二」なのかというと、この近辺に映画館が三館もあって、それぞれ「第一新歌月」、「第二新歌月」、「第三新歌月」というふうに映画館名が冠せられていた。この三つの映画館のオーナーは遠山という人で、今でいう町のセレブであった。


ところで、この「第二新歌月劇場」という映画館は、自宅から歩いて二、三分という最も近いところにあったので、映画もよく見たが、それ以上にそこは、私にとって、格好の遊び場を提供していた。どういうことかというと、その映画館は、正面の入場口が、通りから奥まっており、しかも登り坂になっていた。当時私は、ローラースケートに夢中になっていて、コンクリートで、斜面になっている場所はここしかなかった。映画館の係員の人によく怒られながら、それでも、ローラースケートで、この斜面を滑り降りたときの快感をよく覚えている。当初、子供の目からすれば、入り口までたどり着くのに、坂を登らねばならないということに、ある種、違和感をおぼえたものであるが、中へ入ると、なぜその坂が必要であるかを納得させられる。当たりまえだが、急な坂を登って館内に入った客は、今度はスクリーンに向かって、長いゆったりとした坂を下りながら、空いた席へ座ればよいのである。この映画館では確かに、自分の前にすわっている人の頭部が邪魔になることはなかった。このシンプルで、しかも合理的なアイディアに対して、頭のはたらきが鈍い私が感心したのは、残念ながら、かなり時間が経った後であった。


いずれにせよ、自宅から歩いて行ける距離に、映画館が三つもあったというのは、昭和という時代の真っただ中で、日本映画全盛を髣髴(ほうふつ)とさせるものがある。そもそも、個人商店や、小規模な市場などが、ごく当たりまえにあったこと自体が、今となれば、あり得ない光景である。まだスーパーのダイエーもなく、テレビすら普及する前だった。


 従って、私が八歳から十六歳までを過ごしたその「町」自体が今となってみれば、まったく「幻(まぼろし)」となってしまった。そう、現代では絶対にあり得ない幻の光景と化したのだ。この間グーグルアースで、上空から確認したのだが、当然、映画館も、市場も消滅していて、駐車場やその他の住宅となっていた。だがしかし、幼年期から、ほぼ精神的な自立までの期間をその町で過ごした者としては、そこが、やむなく「故郷」(ふるさと)に近いものとして、意識してしまう。私にとっての、その「ふるさと」が、郷愁を伴なって、夢の中で、私をさそう。


 なぜそうなったのか分からないのだが、私はその「町」の近くにいた。そう、今いるところから歩いても十五分ほどで行ける距離だ。まだ時間に余裕があるので、私はそこへ行ってみることにした。どこにいても、目をつぶっていても歩けるほど、私にとって「そこ」は、熟知された場所であった。


私の家のある路地から昭和北通りとは反対の方向、すなわちもう一本北側の通りには、当時、行きつけの散髪屋があった。そしてなにより、私愛用の貸本屋があって、そこから借りてきた白土三平の「カムイ伝」を読破したりしていたが、それよりも私にとって、この貸本屋さんから得た大きな読書体験は、ロバート・ハインラインのSF小説だった。少年たちだけでロケットを組み立てて、宇宙へ飛び出そうというストーリーや、また火星の凍った河をアイススケートで旅をして、夜は、キャベツのかたちに似た大きな植物の中で眠るといったストーリーにもワクワクしたものであった。この通りも一応、個人商店が並んだ商店街の様相をもっていて、夏の地蔵盆の時期、その通りには夜店がならんで、夏祭りの風情をかもし出していた。


私は、尼崎市の北部からその「町」へ近づいているはずであった。だが突如として、風景は、広大な緑したたる草原となった。それもよく見ると、そのさわやかな緑は、大きな谷をはさんだ向こう側に見えている。


ーーつづく