ケイズケイスの近況7 | オーナーの読書室

ケイズケイスの近況7

 ジャズをやるのに何故英語なのか、という点にもう少しどびつこくこだわってみたい。英語の子音の発音がシミュレーションされているのは、リード楽器のソロを聴くと最もわかりやすいのではないか? これは、自分がソプラノサックスを演奏するので、どうしてもそう意識してしまうのかもしれないのだが、

フレーズをかたちづくる際、リードを舌でアタックする、つまり「タンギング」する箇所が、英語の子音の箇所である場合が多いような気がする。楽譜で言えば、スラーの箇所とそうでないところだ。スラーは、周知のとおり、タンギングしないで、指のポジションを変えるだけで、フレーズをつくるのに対し、そうでない箇所では、舌でリードをアタックして、音節をつくる。もちろん、これは子音だけに対応したものではないだろうが、スラーとの組み合わせでできあがるフレーズを聴いていると、どうもそんな感じなのだ。もちろん、強調音という意味合いをもたせる場合もある。


こうしてできあがるジャズの即興演奏のフレーズで、典型的に、ある種パターン化されたものがあって、一番わかりやすいのが、わが師コルトレーンのそれである。トレーンは、テーマ的に高音の一音を吹いて、それから、低音のほうへ降りてゆく際、アルペジオのようにコード内の音を細かく吹きながら、上記のスラーとタンギングの組み合わせでフレーズをかたちづくる。それが、ある種の「くせ」のような感じで、人間がしゃべるとき、人によって独特の言い回しや、口ぐせのような決まり文句をはさんだりするが、ちょうどそんな感じである。この「口ぐせ」はコピーしやすい。このため、世の中には多くのいわゆる「コルトレーン派」が存在する。私もたぶんそのうちの、つまり一万人くらいの一人であろう。そんなことはどうでもいいのだが。逆に、英語的に、スラーとタンギングの組み合わせでフレーズをつくっているにもかかわらず、まったくコピーできないもう一人のジャズの巨人が存在する。ソニー・ロリンズである。トレーンとは対象的に、ロリンズのソロは、完全に気まぐれで、全然予想がつかない。彼の即興ソロは、彼のみがもっている詩情で、まさに「ここで一度かぎり」の美しいフレーズを瞬間的に創造する。しかも彼のタンギングには、色々なニュアンスがあって、演奏ごとに微妙に使い分けている感じで、皮肉や、怒り、嘆きといったさまざまな感情を見事に表現している。これは、他の楽器の演奏者、例えば、ピアニストなどは嫉妬をおぼえるほどではないのだろうか?もちろん言うまでもないが、ピアノはピアノで微妙な感情表現を行えるテクニックがあるのだろうが。


どうも話がそれたようだが、要するに私が言いたいのは、トレーンにせよ、ロリンズにせよ、彼らがかたちづくるフレーズは、当たりまえだが、英語の子音と母音の組み合わせ、楽譜上で言えば、スラーとタンギングの組み合わせで出来上がっているということだ。


どうもここまで書くと、私はいかにも「英語至上主義者」のように聞こえるが、以下二つの事柄を紹介して、読者諸賢の判断を乞いたいと思う。一つは、最近、店にやって来たお客さんの一人にコンピュータエンジニアがいて、彼が言うには、コンピュータの世界では、シングルビットが優勢で、マルティビットがだんだん隅(すみ)に追いやられるようだ、とのことである。これはどういうことかというと、「シングルビット」とは、英語で書かれるソフトのことで、「マルティビット」とは、英語以外の言語で書かれたソフトのことである。コンピュータソフトは、基本的に英語をベースに発展してきているので、英語以外の言語は、マルティビットに置き換えるしかなく、おそらくスピード、互換性に問題があるのであろう。これは、OSのTRONをつぶしたアメリカの陰謀なのか? 私はコンピュータについてはほとんど無知なので、よくわからないが、こうした事情は、ジャズの世界と似ているのだろうか?


もう一つは、これもやはり最近、ロシア同時通訳者の米原万里の本を貸してくれたお客さんがいて、その本を読んでいると、米原が言うには、日本人は伝統的に、世界の強国からの影響を受けてきた歴史があって、現在はもちろん、世界最強の国、アメリカであって、その言語、すなわち英語でほぼすべて世界中の情報を得ている。英語というフィルターを通して情報を得ているが、これは片手落ちというか、危い。もっと他言語を直接摂取する努力をすべきであるという主張だ。一例として、サミットにおける国際会議の同時通訳の場合、英語以外の国の元首へたいして、日本の首相が発言すると、一旦それは英語に訳され、それから、ドイツ語、ロシア語、イタリア語等の他の言語へ訳されるという手順を踏むのだそうである。


やはり英語一辺倒はやばいのか? もう一つのエピソード。最近私はたまたまベトナムへ出張したのだが、ベトナム航空の機内誌を読んでいると、ベトナム初のジャズマンが紹介されていて、彼はもっとベトナム古来の民俗音楽をジャズ的にアレンジして、新しいジャズを創造したいと発言していた。(ちなみにこの機内誌は、ベトナム語と英語で書かれていて、当然ながら日本語の記載はなかった)


みなさんはどう思われます?