ボルヘスとモーム | オーナーの読書室

ボルヘスとモーム

ボルヘスとモーム


昼間、自宅でボルヘス、そして夜、お客さんがいないとき店でサマセット・モームを読んでいる。どちらも最近できた「ランダム・ウォーク」という洋書店で購入したものだ。ここの店長さんはうちのご常連である。いつもおおきに。


 さて、まったく関係のない両者の作品なのだが、現在読んでいるのがたまたま両方とも短編集である。その中には、興味深いエピソードが、まさに文豪の筆力で見事に語られているので、退屈しのぎにここで、各一編を紹介してみよう。私の文章では、当然ながら原作のもつ味わいはない。それでも、ここに紹介する物語は、いずれも男女の仲がいかに不思議であるかということが主題である。


 まずはボルヘス。舞台は200年ちかく昔のアルゼンチンの農場。ガウチョと呼ばれる牧場労働者の世界である。このガウチョとは、アメリカでいうカウボーイのことで、「ナイフファイト」とよばれる決闘で知られる荒くれ男たちのことである。日本では侍が刀で斬りあいをしていたのだから、これは、さして驚くことでもないのであろうが、アメリカのように拳銃で果し合いというのではなく、短剣で決着をつけるというのが、ここでの「男の美学」であったようだ。


ところで、この話の主人公は、そうした牧場を親から受け継いだ兄弟である。ある日、兄のほうが町へ出て行って、女と出会い、恋をし、その女を牧場へ連れてくる。だが弟も、兄が遠くの町へ出張した際、この女と寝てしまう。兄が帰ってくると、そのことがすぐにばれてしまい、悩んだ兄は、この女を売春宿へ売り飛ばしてしまう。しかし、どうしてもこの女を忘れられない二人は、売春宿から女を取り戻して、二人で彼女を殺害してしまう。二人の兄弟は、泣きながら、これで兄弟ふたり、これからも暮らせるというのだ。これって、究極の愛は、死であるということなのか。私にはよく理解できない。ボルヘスはこの話を、昔の思い出話のように語っているのだが、虚々実々でほんとうのことなのかはわからない。200年も前の、アルゼンチンの片田舎での出来事であると考えたら、あり得ることのように思える。もしほんとうであるとしたら、女性にとっては、噴飯ものということか。そういうことではないでしょ、と女性はいうのだろうか。


 かたやモームの話は、ある国のイギリス大使の昔話である。モームはかつて若いころ、政府の諜報機関で代理人のような仕事を秘密裡に行っていた経験があって、その頃のエピソードのひとつである。ときは第一次世界大戦前夜、各国が情報収集に躍起となっている時代である。このイギリス大使は、各国の大使を歴任した外交キャリアのトップクラスで、名門の女性と結婚し、申し分のない社会的地位にある人で、何事にも格式ばり、堅苦しい印象がある。もっと人間的な関係を望むアメリカ大使の提案から、作者自身の分身と思われる話し手が、大使館でこの大使と食事をすることになった。ウェイターとバトラーに給仕されながら、二人だけの食事が始まる。大使の奥さんが同席するはずだったが、別の会合で遅くなるので、二人だけとなったのだ。食事が終わって、大使秘蔵のブランディを飲みながら、やがて会話は彼の若い頃の話となる。彼の友人と断っているが、実はそれは彼自身のことであることがわかってしまうのだが、彼は若い頃、一人の女性と恋に落ちた。フランスのパリで、友人夫婦からある女性に引きあわされるのだが、この女性は、アクロバットの踊り子で、美人ではなく、下品で、声も低く、いわゆる下層社会出身の人間であった。それでも彼は、これも若いときの経験で、火遊びもいいだろうという軽い気持ちでデートに誘うのだが、意外にも彼女から拒絶されてしまう。何回かアタックしてようやく彼はデートしたのだが、最初なんとも思わなかったのが、だんだんと会っているうちに、彼女を好きになってしまう。パリとロンドンで何回か会ったりして、紆余曲折の末、彼が今の奥さんと婚約中であったにもかかわらず、パリで、一週間甘い生活を送り、それを最後に二人は別れてしまう。


 このイギリス大使は、彼女と結婚しなかったことを悔いていて、涙を流しながら、自分の一生が無駄であったと嘆く。美人で、頭がよく、名門出身の女性と、だれもがうらやむ結婚をしたにもかかわらず、彼は下品で、美人ではないあの女性と一緒になれなかったのが不幸だったと泣いているのだ。この物語の最後に、奥さんが帰宅するのだが、彼は、一瞬、その奥さんに憎悪の目を向けるが、すばやくもとの表面上おだやかな態度に変わるところでこの話が終わる。


――――ことほどさように、男女の仲とはわからないものである。