日本の食文化を守る音楽ユニット「給食当番」の小説です。最終章・・・さて・・・フィナーレを迎える心の準備はいいですか?

今回もどうぞお付き合いください。

 

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小説『給食当番』

最終章 フィナーレ、そして伝説へ

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コンテストから半年後。 

 

西東京の児童養護施設『あすなろ園』は、春の陽射しに包まれていた。

 

 

 

「こらー! 廊下を走るな!」 

 

 

碧(みどり)の元気な声が響く。 

 

 

1000万円の賞金と、その後のクラウドファンディング、そして印税。

 

それらによって施設は取り壊しを免れただけでなく、見違えるほど綺麗に改修されていた。 

 

 

新しい食堂、ピカピカのピアノ、そして最新のPCルーム(あっぷる監修)。

 

 

 

庭では、子供たちがサワグチに群がっている。 

 

 

「おじちゃん、ピアノ弾いてー!」 

 

「おじちゃんじゃない、お兄さんだ」 サワグチは苦笑しながらも、その表情は穏やかだった。

 

 

かつての悲壮感はない。

 

 

借金は完済し、今や彼のもとには有名アーティストからの楽曲提供オファーが殺到していた。 

 

 

だが、彼はそれらをマイペースにこなしつつ、一番の情熱をこの「給食当番」に注いでいる。

 

 

 

 

「よう、マエストロ。新曲の納期は大丈夫か?」 

 

 

縁側で日向ぼっこをしているパパニーニが声をかけた。 

 

 

彼は相変わらずホームレスのような格好だが、実はあの日以来、その筋の人たちがこっそり警備についているため、新橋一安全なホームレスとなっていた。

 

 

 

 

「パパニーニさんこそ、そろそろタキシードを新調してくださいよ。

 

 

来月からワールドツアーなんですから」 

 

サワグチが笑う。

 

 

 

そう、バンド「給食当番」は、伝説になった。 

 

 

 

あの決勝のパフォーマンス動画は世界中で拡散され、「パンクでクラシックで演歌な、世界一美味そうなバンド」として爆発的な人気を博していた。

 

 

 

 

「世界か……。機内食は何が出るんだ?」 

 

なかじんが厨房から顔を出した。

 

 

彼は今や、バンド専属のシェフ兼セキュリティだ。

 

 

ツアー中もメンバーの「食」と「安全」を守ることになる。

 

 

 

 

「私はやっぱり、本場のイタリアンが食べたいわ!」 

 

愛梨がバイオリンケースを背負って現れた。

 

 

彼女は親元を離れ、音楽の楽しさを再発見していた。 

 

 

 

「僕はお家(サーバー室)がいい……。Wi-Fi飛んでるかな……」 

 

あっぷるが青い顔をしているが、その手にはしっかりとパスポートが握られている。

 

 

 

 

「準備はいい?」 つじぞー☆が、艶やかな着物姿で現れた。

 

 

 

彼女の店『クラブ・カプリッチョ』はチーママに任せ、彼女自身もまた、広い世界を見る覚悟を決めていた。

 

 

 

 

サワグチは、空を見上げた。 

 

 

雨は降っていない。澄み渡るような青空だ。 

 

 

 

かつてはノイズにしか聞こえなかった世界が、今は無限の可能性を秘めたオーケストラに聞こえる。

 

 

 

 

「ああ、行こう。世界中の腹を空かせた連中が待ってる」

 

 

 

 

サワグチは全員を見回し、指揮棒を振るように指を鳴らした。 

 

 

 

 

「『給食当番』、出動だ!」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

数年後――。

 

 

 

場所は、ロンドン。ウェンブリー・スタジアム。 

 

 

9万人の観衆が埋め尽くす会場は、熱気で湯気が立つようだった。

 

 

 

 

暗転。 地響きのような歓声の中、ステージ中央にスポットライトが当たる。

 

 

 

 ピアノの前に座る、一人の日本人男性。 

 

 

世界的作曲家となった、サワグチカズヒコだ。

 

 

 

 

 

彼はマイクに向かい、静かに、しかし力強く告げた。

 

 

 

 

「Good evening, hungry souls! (こんばんは、腹を空かせた魂たちよ!)」 

 

 

「It's lunch time!! (給食の時間だ!!)」

 

 

 

ドォォォォォン!! 

 

 

 

 

あっぷるのビートが爆発し、パパニーニ、愛梨、つじぞーの音が重なる。

 

 

 

 

 碧の歌声が夜空を突き抜ける。 

 

 

 

かつて平和島の居酒屋で始まった小さな「晩餐」は今、世界中を熱狂させる「大宴会」となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。 

 

 

台湾、台北市。

 

 

夜の熱気が渦巻く「士林夜市(シーリンイエシー)」。

 

 

 

 

屋台の喧騒から少し離れた路地裏にある、古びた楽器店。 

 

 

その奥の部屋で、二人の女性がタブレット端末を覗き込んでいた。

 

 

 

 

画面には、ロンドンで熱狂を生み出している「給食当番」のライブ配信が映っている。 

 

 

 

特に、カメラがつじぞー☆の箏(そう)のソロパートをアップで捉えた瞬間。

 

 

 

 

長い黒髪を持つ清楚な女性、徐 宿玶(シュー・スーピン)の手が止まった。

 

 

 

彼女の膝の上には、台湾の古筝(グーチェン)が置かれている。

 

 

 

「……間違いないわ」 徐は震える声で呟いた。 

 

 

 

「この旋律……。お母さんが昔、よく口ずさんでいた子守唄の前半部分(Aメロ)だわ」

 

 

 

 

「えっ? じゃあ、この綺麗な着物の人が?」 

 

隣で小籠包を頬張っていた、ショートカットの活発な女性が目を丸くする。

 

 

 

 

彼女の背後には、使い込まれた和太鼓とバチがある。 

 

 

林 韻慈(リン・ユンツ)

 

 

 

日本文化を愛し、日台の架け橋を夢見る太鼓奏者だ。

 

 

 

 

「ええ。……ずっと探していた、私のお姉さんかもしれない」 

 

 

 

徐の瞳に涙が浮かぶ。

 

 

 

 「でも、この曲……何かが足りない気がするの」

 

 

林はニカっと笑い、飲み干したタピオカミルクティーの容器をゴミ箱にシュートした。 

 

 

 

「足りないのは『リズム』と『後半のメロディ』でしょ? 私たちの出番ってわけね!」

 

 

「林……」

 

 

 

「行こうよ、日本へ! このバンド、打楽器(リズム隊)がちょっと弱いし、あのおじいちゃん(パパニーニ)に会ってみたいし!」

 

 

 林は立ち上がり、バチをくるりと回した。

 

 

「『給食当番』だっけ? 台湾料理のスパイスも加えてあげなきゃね!」

 

 

 

 

徐は涙を拭い、画面の中の姉に向かって、静かに微笑んだ。 

 

 

「……待ってて、お姉ちゃん。今、会いに行くから」

 

 

 

 

 

 

 

二人の少女の決意と共に、物語は新たな章へと動き出す。 

 

 

 

 

 

音楽という名の「給食」は、国境を越え、海を越え、さらなる奇跡を巻き起こしていくのだ。

 

 

 

 

 

それはまた、別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

小説『給食当番』 第一部・完

 

 

 

 

 


【あとがき】

これにて、第一部「結成〜国内制覇編」が完結です。 サワグチの再生、パパニーニの過去、そしてバンドの成功までを描ききりました。

長い間、お付き合いいただきありがとうございました! 最高のバンドメンバーたちでした!