坂    道   第25話





 そんな日々が三ヶ月も続くと、信子も範夫もアパート探しに身が入らなくなっていた。彼は、近所の障害者が集まる、今で言うグループホームの走りのようなところで支援活動をしたり泊り込んだりする生活を始めた。

 彼女は範夫の人生に、自分の存在が少なからず役に立っている状態に、相変わらず満足していたので、半分同居のような形になっている暮らしそのものには一向に不満は無かった。

 不満があるとすれば、彼が信子の厄介になっているという状態が続くことで、彼の上京の目的である、障害者として自立する生活が実現しなくなるのではないかというその一点だった。

 恋人である範夫に優しくすればするほど、障害者としての範夫は自立できなくなる、そんなこだわりが信子の中には巣くっていた。彼女は労働基準法を全く無視したような職場に拘束されて平気でいる自分に対して、身体を心配して忠告してくれた範夫に、こんな理屈で言い訳をした。

「でも、私が忙しいからこそ範夫さんが自立できるんじゃない? 私が何もかもやっちゃったら、介護者探しもしなくなって世間が狭まるわよ」

 理屈では正しいことかもしれない。だが、それでは恋人としての甘えさえも許されなくなってしまう。それでも彼女は、その甘えさえも、自立という言葉と共に突き放したのだ。

 信子は当時の状態に満足だった。アフターファイブを楽しむゆとりすらないけれども、毎月一冊の雑誌を仕上げるたびに規則正しく訪れる達成感と充実感に満たされて、休日は、自分との時間を待ち望んでいる優しい恋人と過ごし、心身ともに癒される。

 彼女は自己満足とは言え範夫を確かに愛していた。障害者を愛している自分を誇りに感じている一面が確かに否定できないけれども、やはり信子にとっての彼は、たまたま足を失った一人の好青年にすぎなかった。

 だが、範夫が社会での障害者の自立生活を目指すという理想を掲げている限り、彼自身が介護者との関係を深める努力を忘れてはならない。

 そんな信子の理屈を納得したのかどうなのか、範夫は彼女がいない平日にも部屋に介護者を呼ぶようになった。残業で特別遅くなった夜などは、介護者が作ったという夕食が残っていた。

「君の分もあるから」

 範夫なりの精一杯の心遣いなのだろうと思いなおし、彼女は、肉の無いお好み焼きや皮がついたままのジャガイモのカレーなどを、苦笑いと共に胃袋に納めるのだった。                          


(つづく)