交通事故が起きて死者が出て責任を問う報道があって、まではいいのですが、その後、何が事故の原因であったかについて、当事者がエリート層に属する場合に限って、うやむやにされがちな日本。





池袋の高齢者による暴走事故も、高齢の元役人はなかなか自身の罪を認めようとしませんでした。辺野古で高校生が亡くなった船の転覆事故も、同じく高校生が亡くなったマイクロバスの事故も、子供の命を守るべきエリートである学校関係者と業者との間で話が食い違い、と言うかどちらかが嘘をついているせいで、事故の根本原因は何か、今後どうしたらこのような事故が起きないのかという検証ができません。



亡くなった高校生はバスから後ろに投げ出されています。シートベルトをしていなかったからではなく、バスにめり込んだガードレールに押し出されたのです。悲惨ですが正しく報道しないと誤解されそうですね。



報道もネットも、誰が悪いのかという話題ばかりで、教訓を得ようという方向に話が進まない。これは日本人特有の、原因追及よりも悪者は成敗したいという、魔女裁判並みの卑しい正義感のせいでしょう。お前は裁判官か? みたいな。アメリカでは、正直に話したら罪に問わないという文化というかルールがありますが、大違いです。






さて、内閣府の公用車によるこの事故も相当ひどいものですが、事故から100日以上経って未だに事故の真相が発表されていません。公用車で赤信号の交差点に130キロで突っ込み6台の車が絡む大事故を起こして7人を死傷させた運転手は、事故前後の記憶がないそうですが、まさかそれで終わり?





この事故では、日本成長戦略本部事務局に名を連ねる大物官僚が2人重傷を負って復帰していません。政府はどっちかというと被害者の立場なのに、公用車による死傷事故というと、またネットが炎上して政権の汚点になってしまうかもしれないと恐れているのか、事故に関してノーコメントです。エリートというのは子どもの頃から成功体験ばかり、挫折から這い上がるような経験に乏しいせいか、予想外の事故や事態に遭遇すると、当たって砕ける覚悟ができず責任回避に走るのです。(東條英機がこのパターンという話も拙ブログで紹介しました)






大事故以上に恐ろしいのは、その原因を追求して学ぼうとしないひ弱な輩が社会の指導者層に蔓延して、同じような事故を繰り返してさらに犠牲者を増やすことではないでしょうか。