坂    道    第14話



 珍しくアパートではなく外の喫茶店に呼び出されたので、何か特別な告白でもあるのかと妙な期待感で胸を膨らませていた信子は、返事もできずに範夫の顔を見つめ返した。

「難民支援のためのボランティア活動なんだ。僕は弱者支援を信念にしてこれまで行動をしてきたつもりだけど」

 いつも通りの、下がり目の優しげな微笑を向けたまま、彼は説明を続ける。

「君と違って、自分の生活の中に弱者がいないっていう状態は、やはり中途半端だと思い始めてね。一度自分自身が弱者側に立って暮らしてみるべきじゃないかと。それで友達に話したら、すでに何人かが興味を持っていて、じゃあ、やってみようっていうことになったんだ」

「じゃあ、もう決まったことなんですよね」

 範夫の純粋な生き様を崇拝したり、その行動力と決定力を賛美したりという気持ちよりも、自分を置いて彼が見知らぬ土地に旅立とうとしている疎外感で、信子は一杯だった。

「善は急げって言うでしょ。モタモタしてるとチャンスを逃すからね。僕も君みたいに、弱者の側から世の中を見られる人間になりたいんだ」

 嬉しいような悲しいような、いや、ちっとも嬉しくなんかない。

 今の話を聞いていると、範夫はどうやら信子のように弱者と共に生きている人間と肩を並べたくて、このたびの海外ボランティアを決意したかのように聞こえる。

 確かに思い当たらなくもない。何しろ彼女は、自身が障害者の家族であるという点をまるで自らの努力で手に入れた人生であるかのように得意になって、それをことあるごとに周囲に対して強調していたのだから。

 何も海外に行かなくても、国内でも充分そういう援助活動はできるのではないか、と信子は思うのだが全てはあとの祭りだった。

「それでね、今月一杯でアパートも解約して実家へ戻るから、君には寂しい思いをさせるかもしれないけど、そういう事情だからさ」

「寂しいなんて・・・」

 それがわかってるなら海外に行くな! といいたいところだったが彼女は黙っていた。所詮自分のような女は、若い男の壮大な夢や計画の前には、顧みられる価値もないちっぽけな存在なのだと言い聞かせるしかない。『行かないでくれ』と引き止める立場にもないのは百も承知だった。

 何しろ彼は、日頃信子が振りかざしている弱者目線での活動というものに憧れて、難民との生活を選んだのだから。


(つづく)