坂  道     第十話



 デート初日。

 2人はとりあえず、駅前のレストランに入った。女子大生の信子にとって、デートといえばどこかに出掛かるものだと頭から思い込んでいたのだが、範夫と2人で向き合ってじっくり話し始めると、時の経つのも忘れて会話にのめりこんだ。

 話の内容も、サークル活動に関するもの、介護で関わっている障害者とのあれこれなどに終始していて、デートというよりも『社福研』の活動の延長のようだった。まあ、そういうデートがあってもいいのだと、信子はそれなりに楽しいときを過ごしていたのだが。

 レストランのテーブルに向かい合って、食事の後もコーヒーをお替りしながら4時まで続いた会話の中で、彼女はこれまで知らなかった範夫のプライベートな一面に触れることができた。それはかなり危うい一面だったのだが、彼は全く悪びれる様子もなく、むしろ面白おかしく信子に語って聞かせたのである。

「そうだよ、結構過激な活動家だよ、僕」

 自他共に認める、というやつだろうか。

「成田空港闘争とかにも行かれたんですか?」

「前はね。でも今は障害者とか被差別部落の人たちの支援活動が中心なんだ」

「障害者の支援活動って、介護じゃないですか?」

「いや、僕が関わったのは、普通学校への入学を希望している車椅子の少年の支援活動でね。彼の入学を拒否する学校側と対決したんだけど、向こうも警察力を入れてきてさ。僕も公務執行妨害で逮捕されたことがあるんだよ」

「何をやったんですか?」

 信子は逮捕歴のある青年が目の前にいるという事実に、ショックを受けるどころか興味津々だった。障害者を家族に持つというある意味特別な生育環境が、彼女を鍛えたのだともいえる。

「僕らを制した警官の手を振り払っただけ」

「えーっ、そんなので捕まっちゃうんですか?」

「僕はあちこちで派手に活動してたから、顔も知られていたんだろうな」

「顔を出してたんですか。就職とか困るでしょう?」

「別に、資本家に人生を委ねる気はないからね」

 範夫はやや不遜な言い方をすると、得意げに微笑んだ。

「でも、家族の方だって心配されるでしょうに」

「逮捕なんて。僕のおじいちゃんなんか戦争中に何度も特高に引っ立てられてるし、母親も命さえあればいいって感じだからね」

「そんなおじいちゃんがいらしたんですか?」

「血筋だね、きっと、反権力の」

「そんなもの遺伝しませんよ」

「君は? やっぱり企業に勤めて大過なく人生を送るんだろうね」

 信子は、かちんときた。何も知らずにそこいらのミーハーなノンポリ学生と一緒にするな、と胸の中に小さな反発心が芽生えたのである。


(つづく)