坂    道     第八話


 範夫たち男子部員は、一通り取材を終えた後もケンタの部屋に残り、新たにやってきた別の介護者が持ち込んだ日本酒を囲んで、そのまま飲み会になだれ込むことになった。

 信子は断った。学生寮には門限があるし、未成年の女子が加わる席ではないだろうと思ったのだ。

「門限があるなら仕方がないね」

 ケンタを含め男性陣は、誰もが快く信子の帰宅を受け入れた。もっとも部員達も正直なところは断りたかったらしいのだ。威勢のいい重度障害者や知らない介護者とではなく、気心の知れた「社福研」のメンバーだけで飲む予定だったからである。だが、もちろんそんなことは口が裂けてもいえないという緊張感が、部屋の空気を支配していた。

「お疲れ様」「気をつけて」そんな言葉に見送られて信子が通りに出たのは、行きかう車がスモールライトを点灯し始めた薄暗い時間帯だった。

 初めて歩く駅までの道を、範夫が送ってくれなかったことへの不満はない。それよりも彼女の全身を満たしていたのは、障害者の介護を中心に活動している自分に比べて、範夫たちの活動が集会などの権利闘争に偏りすぎているのではないかと感じている自分が、ケンタの言葉によってその正しさを認められたのだという自信であった。

 やはり私は正しかったのだ。障害者と暮らしてきた私のほうが、障害者問題をにわか勉強で身につけた範夫たちよりも、ずっと優れているのだ。権利闘争ではなく、暮らしを重ねることで、健全者と障害者の理解は深まっていくのだ。

 信子は、これでしつこく集会に誘われることもないだろうと、思わず優越感に満ちた笑みを浮かべるのだった。


 その文化祭が終わって翌週、昼休みでごった返す学生食堂のテーブルで、祥子がサークルを辞めたいと言い出した。

「だって、一緒に活動をするチャンスがないから、全然ボーイフレンドなんてできないし、田中先輩って部員の交流とかちっとも考えてないしさ」

 きつねうどんを前にして、祥子は割り箸を振り回さんばかりに憤っていた。

「でもさ、祥子さん、ちっとも活動に来ないんだもの」

「じゃあ、信子は彼氏できたの?」

 甲高い声で祥子は反発する。

「私は別に」

 彼氏が目的ではないからと続けたかったが、自分だけがいい子ちゃんになるような気がしたので、やめておいた。そのくせ、田中範夫には特別に目をかけてもらっている信子である。どう考えても、祥子に高潔な理想を押し付けて引き止められる立場ではなかった。

「私、紅茶の会に入ろうかな。わたちゃんが入ってるんだよね。信子も一緒に行ってみない?」

 信子は、(何よ、紅茶の会って?)という侮蔑の言葉を噛み殺しながら、曖昧に首を傾げてみせた。


(つづく)