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佐藤晃一のブログ

アスレチックトレーナー

私のワークショップに参加してくださった方から、私がトレーニングやリハビリで強調している「踵重心」について質問がありました。以下、いただいた質問と私の返信です。

<質問> 「……足を早くするために、もしくはサッカーの動きに特化する為には踵は上げて爪先立ちもしくは、爪先重心でSLDLやスプリットスクワットなどを行なった方がいいのではないかと聞かれました。元陸上選手の足を早くする方法のトレーニングメニューなどをみてみると、踵をつけた状態でするトレーニング方法はスポーツ競技に活かせないと説いている傾向があります。DL(デッドリフト)やSq(スクワット)の場合は関節の位置と接地面が重要ですよね?踵を上げて行う事でどんな効果が現れるのが、イマイチ理解出来ません。晃一さんはどう思いますか?」 <私の返信>

あれこれ書いていたら、短い答えと、長い答えができました。

踵重心のトレーニングの必要性を簡潔に言うと; ①踵重心のトレーニングは、脚力の源である臀筋群の強化に不可欠 >つま先重心だと、DLの場合前傾できません。Sqの場合、膝が前に出て膝やふくらはぎに負担がかかりやすくなります。 ②踵重心のトレーニングによって、競技において、つま先重心主体になりがちな身体にバランスを保つ >サッカーやバスケは、つま先重心・膝の動き優勢なスポーツなので、どこかでバランスをとらないと、つま先重心・膝の動きを優位に使う身体になり、対応力が低下、また同じパターンを繰り返すので怪我の可能性が上がる。

これが短い答えです。

長い答えは、こちらです。

まずはこれが一番説得力があると思います。9:00からみてください。 https://www.youtube.com/watch?v=vSL-gPMPVXI サッカーを含めて、チームスポーツのほとんどで踵重心は必要です。私が個人的にエリートのスポーツ選手(NFLなど)の何人かに聞いた所、方向転換では必ず踵を含めた足全体で地面をとらえるそうです。

私の結論をいうと、全てのスポーツにおいて、踵重心、つま先重心、真ん中重心全て必要だと思います。特に競技中に何か起こるかわからない(身体の態勢・姿勢)、チームスポーツトレーニングの目的は、選手に同じ目的を果たすためのいろいろな手段を提供することです。例えば、地面にあるボールを手で拾う際、膝を前に出してスクワットするか、股関節で前傾してデッドリフトのパターンで拾うか、両方できることが理想です。いい選手は、技術的に同じことをいろいろな方法でする対応能力が高いと思います。また、一つの方法でしかある目的を果たせないと、対応能力が低いだけでなく、同じ方法の繰り返しによって、慢性の怪我につながってしまう可能性が高くなると思います。

陸上選手は、決められた運動(100mをまっすぐ走る)をするので、このような対応能力は必要なく、より特化したトレーニングをすると考えても良いかもしれません。しかし、力強い走りや跳躍に必要な臀筋群の強化には踵重心は必要です。さらに、私の経験(オリンピック金メダルのDwight Phillipsや60m世界選手権金メダルのTim Harden)からも、踵重心のトレーニングは行われています。

私にとって踵重心のトレーニングは、自動車のローギアを鍛える感覚です。静止状態からグイグイ動く、ある程度のスピードにおける方向転換(動画のロナウドの例)、相手の選手とコンタクトした場合の踏ん張り、などの局面において、踵重心にすることによって、臀筋を中心としたPosterior Chainの筋が力を発揮します。

これらの動きを、つま先重心でしようとすると、うまくいきません。その理由は、 臀筋など近位の大きな筋が作り出す力を地面に伝える為に不可欠な、地面と接している足がしっかりしていないからです。これを上肢で例えると、壁の前に立ち指の部分で壁を押すのと、手のひら全体で壁を押すのを比べてみてください(人を押してもいいです)。手のひら全体の方がしっかり押せます。当たり前のことですが、踵もしくは手根(特に掌底)がついていると、関節がしっかりするのです。指先で壁を思い切り押すとわかると思いますが、手首の屈曲筋がかなり頑張らないと壁に力が伝わりにくくなります。つまり、手首の屈曲筋がしっかりしていないと、近位からの力は対象物に伝わらないということです。対象物にしっかり力が伝わらないと、相手を手で押した力が弱くなり、足の場合、せっかく近位の筋が作り出した力が地面(対象物)に伝わらず身体の動きが遅く(弱く)なります(作用反作用の法則)。したがって、出力の低下という観点から、パフォーマンスの低下につながります。

では、伝わらなかった力はどこへ行くかというと、手首の屈曲筋に吸収されています。「吸収される」というと、単なる無駄、という感じですが、不必要な力が筋にかかっているという問題です。もうお解りだと思いますが、これを下肢に置き換えると、つま先重心の場合、ふくらはぎの筋に負担がかかることになります。ふくらはぎに無駄な負担がかかり続けると、シンスプリントやふくらはぎの肉離れなどにつながると思っています。忘れていけないのは、手のひらの腱そして足の足底筋膜にも負担がかかるので、手根管症候群や足底筋膜炎の原因になるかもしれません。この観点からは、怪我のリスク要因への影響になります。実際に、踵重心を教えただけで足底筋膜が治ったプロのバスケ選手がいます。

こう展開してくと、つま先重心が悪いように思えますが、初めに言ったように、つま先重心は必要で、多くのチームスポーツは、つま先重心・膝の動作優位なので、自然につま先重心になります。また、踵重心で競技をしたほうがいい、と、とんでもない勘違いをされてしまうかもしれませんが、踵重心の指導は、ウェイトトレーニングや、ウェイトトレーニングから競技につなげる、「パフォーマンス/ムーブメント」・トレーニングではしますが、競技では自然に身体に任せるようにします。

感覚的に、サッカーにおけるボールさばきや、面と向かって選手の位置があまり変わらない状態でのディフェンスにおいて、つま先重心は確かに早く動けます。このつま先重心が誇張されると、アジリティラダーなどのトレーニングの際、極端な足関節底屈位での、バレリーナのようなトレーニングになってしまいます。姿勢を考えず、とにかく足を早く動かすことになるということです。

私のセミナーでは、いわゆる「ウェイトトレーニング」からスポーツへ橋渡しする部分で、走り方や、横の動きを重視した「パフォーマンス/ムーブメント」・トレーニングの部分に時間を割けていないので、この辺りを伝えきれていませんが、私が過度に踵重心を強調する理由はこんなところにあります。 <追記> すでにお気付きの方はいらっしゃると思いますが、踵重心中心で、つま先重心が上手にできない選手はつま先重心のトレーニングを上手に導入する必要があります。

以前、いただいた質問へ対するコメントです。

「コーチ、またはトレーナーとしての選手への接し方はどうされていますか?自分の経験から、最初はなめられないようにとか、アスリートの信頼を得ようと必死だったのですが、佐藤さんはどうされていますか?おそらく、佐藤さんには選手の心をつかむ何かがあるんじゃないかな?と考えていたのですが、そのコミュニケーションについて何か普段から意識されている事はありますか?」
>>>選手の能力を高めることが仕事で、誠意をもってそれを忠実に行なえば結果(選手からの信頼など)は自ずと出てくると思います。現場ではプロとして、そして個人(人間)としての人間関係の構築が大切です。プロとして選手に頼りにされるような知識と技術を持ち、選手の能力・性格にあったプログラムを提供する能力、そして個人(人間)として気兼ねなく楽しく会話のできる関係ですね。アメリカバスケ界で有名なJohn Woodenが 'Ability may get you to the top, but it takes charactor to keep you there.(技能でトップになれるかもしれない、しかしトップに居続けるにはキャラクターが必要だ)'と言っています。これはバスケ選手に対する言葉ですが、一般の人たちにも言えると思います。先日私がお話しした、「働き者といい人の限界*」の逆のいい方ですが、技能があっても性格が悪いと元も子もないということです。

NBAでは一般的にエリートの選手であればあるほど、自分のステータスを上手につかって、周りの人々を揺動する術を知っています。一般的に選手と仕事をするスタッフは選手に「嫌われたくない」とか「信頼されたい」という気持ちがあるので、ついつい選手に優しく(親しい友達関係のような物を作りたがる、やるべきことをしなくても大目に見る、など)なってしまいます。こういう態度を示すスタッフは、(悪い言い方をすると)選手になめられると私は思っています。また、こういう行動をすると自分の方針・哲学に添ったトレーニングができなくなるので、正気であれば、いずれ自分がやりたいこととやっていることにギャップができ、「自分はいったい何をしているのだろう」ということになると思います。まあ、こういうことを考えずにふらふらと仕事をしている人がいるのは確かですが。もちろん、ある程度の妥協は必要ですが、妥協しなければならない状況をいかに上手に工夫していくか、というところにも面白さがあると思っています。

*「働き者といい人の限界」:経験の浅い時期は、「人柄(いい人)」や「一所懸命働くか(働き者)」で仕事が評価されるが、経験を積むにつれてプロとしての実力を伴わないと評価されにくくなる。

こんな映像もありました。

NBA選手との働き方