岸田政権のダメっぷりは極端な例として、経団連も昨今の歴代会長は、無能ぞろいというから困ったものだ。特に、今の会長の十倉は、欧米企業が我先に逃げ出し続けている支那市場を未だに重視しているのだから恐れ入る。

 


こうした無能な上層部が形成される原因として、「ピーターの法則」が引き合いに出されることが少なくない。

 

 

これは、組織構成員の労働に関する社会学の法則で、以下のような事項が骨子とされている。
1.能力主義の階層社会では、人間は能力の極限まで出世する。したがって、有能な平(ひら)構成員は、無能な中間管理職になる。
2.時が経つにつれて、人間はみな出世していく。無能な平構成員は、そのまま平構成員の地位に落ち着く。また、有能な平構成員は無能な中間管理職の地位に落ち着く。その結果、各階層は、無能な人間で埋め尽くされる。
3.その組織の仕事は、まだ出世の余地のある人間によって遂行される。

換言すれば、「上層部の仕事は、出世した人材が以前優秀であったと評価された仕事と内容が異なるから、上層部において要求される技術をその人材が持ちあわせていないことになり、結果として上層部は無能で占められる」ということである。

一例として、技術革新等に拠り、過去の知識が役に立たなくなることはままあるので、ピーターの法則は部分的には正しいだろう。

しかしながら、筆者は全く別の見かたをする。
資格試験に合格して専門職で食っていく以前、筆者もいわゆる大手企業に勤務していたのだが、その際に目にしたのは、我の強い無能どもが互いに足を引っ張りあっているという醜悪な現実だった。
有能な人はそうした我の強い連中におされて、さして出世もできずに終わるか、筆者のように資格を取得して外に出るというのが、その会社のありさまだった。

要は、有能な人間が出世した後に無能になるのではなく、出世した奴が最初っから無能だったということだ。

世の中には、いろんな会社があるから、筆者が勤めたところのようなバカが出世するところばかりでないと信じたいが、歴代の経団連会長の無能さ及びバカさ加減を見るにつけ、結局、日本の企業は、我の強い無能がしゃしゃり出るのが普通なのだろう。

さて、そうした無能なリーダーは、なぜ常に判断を誤るのか。
「バカだから」の一言で説明がついてしまうが、それを筆者なりにもう少し掘り下げてみたい。

(1) 過去の成功体験が忘れられない
上記の十倉は部長とかの実働部隊のトップだった際に、支那市場で成功した体験があるのだろう。支那市場で日本企業が儲かったのは今からおよそ20年ほど前だから、現在70歳台の十倉は、その当時、おそらくは部長職であったと思われる。
その際の成功体験が忘れられず、何が何でも支那重視という視野狭窄に陥っているのかも知れない。
(2) 支那のハニトラ・マネトラにやられている
支那は、他国の人間を金と女で篭絡するのが常套手段である。十倉もこれにやられている可能性が高い。
(3) 失敗を忌避する日本社会
日本社会は失敗したら取り返しがつかないという気風が根強い。その代表例は大学入試。名門大学に合格できない人間は、それだけでその後のキャリアは絶望的になる。
同じことはビジネス上でもあり、大きな損失を計上したビジネスマンは、理由の如何を問わず無能の烙印を捺され、出世街道から脱落させられる。
欧米企業が我先に逃げ出す支那市場から日本企業が撤退できない最大の理由がこれではないかと筆者は睨んでいる。
支那は外貨の持ち出しを禁じているので、支那からの撤退は、設備と資本のすべてを支那に置いていくことになり、企業にとっては手痛い損害となる。
従って、バカで無責任な日本の経営者たちは、自分の代での支那からの撤退を避け、問題を先送りしているのだ。
(4) 正常性バイアス
上記(1)~(3)とも関連するが、日本の経営者たちは、自分にとって都合の悪い情報を無視、又は過小評価する正常性バイアスに陥っている可能性が高い。
未だに支那市場を重視するようなバカ経営者は、情報を正しく理解する能力が先天的に欠落しているから、なおさら正常性バイアスに陥りやすい。

財界上層部がバカな理由を列挙してみたが、本当に絶望的な状態だとしか言いようがない。
こうしたバカを出世させないためにも、教育制度、及び人事評価制度を抜本的に見直す必要がある。
とりわけ、大学入試の結果次第で、その後の人生がほぼ決まるような制度は改めるべきだ。受験勉強なんぞ単なる知識詰め込みの訓練でしかないから、バカでも必要な事項を憶え込めば、そこそこの大学に合格する。
我欲の強いバカは、大学合格を成功体験として、ますます増長して傍若無人に振る舞うのみならず、その後の研鑽をおろそかにするから、出身校で人材を判断する安易な学歴偏重主義は極めて危険である。
どんな学校を出たかではなく、受験後の学生時代、そして卒後業後も、当人が如何に知的研鑽を積むか否かが重要だ。

企業であれば人事部は、入社後も自己研鑽を怠らない人材を積極的に評価することは当然として、従業員の留学若しくは大学院への進学を認める、又は業務に資する資格試験の勉強を奨励する等を行うべきだろう。
そうしないと、バカがはびこる現状を打破できない。

しかしながら、筆者が在籍していた会社は、人事もバカばかりだったから、上記の改革は完全に不可能だろう。
こりゃ全員の首を挿げ替えないとダメかも知れない。
いやはや…。