永京白衣~えいきょうびゃくえです🌺



ご訪問ありがとうございます🍀


最近は、幸せとは、を考えさせられる日々です。


幸せの定義は何でしょうか?


結婚?就職先?仲間?子どもの幸せ?親の幸せ?ペットの幸せ?欲しいものが手に入ること?金銭?


これらは、得られたような感覚。


ならば、断捨離的なものでは


悪縁を断つ?モノを捨てる?仕事を辞める?病が治る?悩みがへる?


確かに、幸せと繋がりやすい。


しかし、どちらも挙げたらキリがないし、キリがないなら、終わりがない。



ならば、幸せとは、到底行き着かない場所なのか?


しかし、そうでもない。


ふっと来る安心感。


ふっと来る慶び。


景色そのものが美しく感動に包まれるあの感覚。


全て時の流れがゆったりになる、あの感覚はいつくるものなのか?


あの感覚か幸せなのか?


幸せを求めているこの世の中の風潮に、我が身を通して深く思いました。


この感覚は人それぞれですが、感覚機能はわたくし達は同じ。


感じかたは違えど、感じる機能が平等にある。


幸せという感覚は、どんな表情となるのか?


幸せという感覚は、どんな言葉を選択するのか?


幸せという感覚は、どんな行動を選んでいくのか?


森羅万象、大自然の法則では、幸せが常に続くわけではない。


厳しい試練もある。いや、必要。 


試練を越えた先に、穏やかさが訪れる。


穏やかさの先に、出発のエネルギーが動く。


そう考えたら、この変化の瞬間、狭間の感覚こそ、醍醐味であると浮かびます。


ジッと静かに過ごす時から羽化への瞬間。


盛運から衰運へも同じ。


その狭間を、生きていると感じる時。


喜びと苦しみが両者伴うからこそ、完璧なサイクルになる。


しかし、世の中は、落ちることを許さなかったからこそ、苦しみは増幅していた。


落ちてはいけない、堕ちてはいけない、老いてもいけない、、



大自然はそれを許している。


だからこそ、再生が行われ続けている。


人のカラダも器官を無理に働かせ続け、機能が失われている。


皮肉なことに、失われていくものを補えば補うほどに、機能は失う。


本来は機能を活性化したいはず。


ならば、どうしたら良いのか。



幸せという定義は、幻かもしれない。


わたくし達は、いつまでも幸せを追い続けるからこそ、幸せ度合いが更新されていく。


そもそも幸せになれない機能があるのでは?


しかし、面白いことに感情は選べる。


まず言えるのは、幸せになる為に、幸せを感じる為には、試練も必要であった。


その狭間の感覚を常に感じることも意図できる。


試練にも種類がある。


常に完璧に幸せであるのに、人間にはこの煩悩がそこを感じなくさせてしまう。


すごいなぁ、、、


肉体持ちながら、意識の進化はどこまでいくのか。


本日は、内の世界と外の世界があまりにもシンクロし、内観作業に勤める期間の為、思ったままの投稿となりました。


結局は、素晴らしきかな、人生は!しかなくなります。



ご縁に感謝いたします💐