白衣です🌺
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《子どもが見えている世界》
この世界をどれだけ見えているのか。
赤ちゃんは話せないから、と思っていても、明らかにキラキラな瞳でこの世界の真実を見えている、、はず。
いつからか物質主義になっていき、見える世界が狭くなっていった。
いや!見えている!!
と思っても、見えていない。
娘の瞳を見て、いつも感じる。
わたしより、はるかにこの世界を見えている。
光輝く瞳には、この世界の光と共鳴している。
わたしも見えていたはずだ。もっともっと。
まっすぐに見つめられる子どもの瞳を見つめると、キレイな瞳に引き込まれてしまう。
そして同時に、子どもの頃にいつも母を求めていた懐かしい記憶が蘇ってくる。
母だけに一点集中だった。
毎日、働きに出る母を困らせていた保育園時代。
忙しい母を困らせてひねくれていた幼少期。
いつからか、我慢を覚え、良い子でいることを学び、見せかけの人格が備わった。
その見せかけの姿を、母だけには解放してもらいたかった。
しかし、それをすると、母を困らせる。
母と目が合わなくなる。
母が目を伏せるとも学んだ。
母もそれに応えられない苦しみがあったから。
母の瞳には、わたしはどう映っていたのか。
そんな風に、娘と目を合わせながら思う。
娘は、我慢をしてないだろうか。
キラキラ輝く瞳で『おかあさん』と呼ばれて目が合う時に、何というか、何か、深い深い想いを受けとる。
まっすぐにわたしを求める娘の瞳が、幼少期のわたしの瞳にさえ感じる。
目は口ほどにモノをいう、、目は口以上にその人の感情を表す。
隠しきれない感情を。
伝えたいことを言葉にすることがうまくできない、ということもあるが、
言葉なんて、いらない。
わたしは、父から17年間逃げて、しかし、最期の4日間を病室で一緒に過ごしました。
あれだけ憎んだ父と、17年ぶりに駆けつけたわたしを拒絶した父との最期の4日間。
苦しさの中で必死に生きようとする父と目が合うことも意識しないくらい動転して過ごした4日間。
最期の最期の瞬間に、父と目を合わせた。
その時には会話もできなかったですが、目で父の本当の優しさが伝わってきました。
強がりや頑固さを全て取り去り、本当に伝えたい想いを目で伝えてくれました。
もう13年経ちますが、父の想い出は、不思議なくらいその優しさしか残っていません。
そのくらい目は、瞳は、深いメッセージを表現している。
目をみて話す、という当たり前なことを、もう疎かにしない。
娘から日々、大切なことを思い出させてもらえること。
瞳の力は、相手の人生にまで影響を起こす。
わたしたちには、想いを伝えるパワーがあらゆるところに備わっています。
ご縁に感謝いたします💐
