白衣です🌺
ご訪問ありがとうございます🍀
フッと浮かんだままブログを書きます。
浮かんだ言葉…
『捨て身は強い』
捨て身になったことはありますか?
捨て身で誰かから向かってこられたことはありますか?
捨て身、これ強力。
捨て身とはどんな時に使う力なのか。
誰かを守る為に捨て身になる。
何かを訴えたい為に捨て身になる。
捨て身になり、神にゆだねる、、、
子どもって、捨て身で愛を表現します。
親を無条件で愛す子ども。
親も産まれたばかりの我が子をみて、ただただ幸せを願うはず。
たとえ、どんな境遇であろうとも、親への憎しみがあろうとも、我が子への不満があろうとも、初めは無償の愛が存在したはず。
捨て身で、何かを求めたはず。
それは、地域や社会でもあったはず。
そして、日本という國を守る為に、捨て身になった先人達もいる。
振り返れば、わたし自身も、幼少期から捨て身で愛を求めてきました。
カラダを病氣にさせてまで、愛を、存在の意味を母から求めてきました。
捨て身になれるくらいわたし達ってすごい。
自分が自分を燃やし尽くしていくことも惜しまない。
すごいパワーですよね。
愛に絶望すれば、憎しみとなり、相手もろとも燃やし尽くそうとする。
自分に対する憎しみ、家族に対する憎しみ、世間に対する憎しみ、、
そこには、溢れるほどの収まりさえきかない愛がある。
捨て身は強い。
この捨て身を本当に欲しいものに向けていくことは、必ず愛として波が起こる。
捨て身である意図が反転した時、言葉、しぐさ、目つき、表情、行動、が変化せざる得ない。
すると、どうなっていくのか。
赤ちゃんや子どものように、捨て身で愛を求め、捨て身で愛を表現される時、わたし達の意図しない動機は崩れ去る。
それを、親が捨て身の愛を表現したらどうなるのか。
勉強、就職、生き方の価値観を外れ、ただ存在をみた時。
目の前の子ども、家族は何を求めているのか。
何があっても、どんな時も、捨て身で愛をぶつけていく時、心はどうなるのか。
わたしは、たくさんの師の元に学びを求めてきました。
そして、たくさんの生きざまと叡知に触れさせて頂きました。
そして、フッと氣づくこと。
亡き父と母、主人、息子、娘、何て捨て身で愛を表現してくれてきたのかと。
鎧をまとい、世間の目を氣にして誤魔化してきたわたしに対して、息子はどれだけ身を削り反発し、愛を表現してくれてたのか。
今の家族である意味が必ずある。
師がまさかの身近にいた。
わたしは、捨て身になって、何かを守ったことがあっただろうか。
自分の生い立ちからの苦しさを家族にぶつけ、知識を学び、自惚れていたこと。
本当に我が身を燃やし、身を捨てていこうとしていた。
憎しみや寂しさの動機からの捨て身を、反転させていけたら、必ず、魂が受け継がれていく。
本当は、何て言いたいのか。
今日も知識を得ようとする自我が、子どもの存在から、知識じゃないんだとフッと抜ける。
捨て身になるとは、きっと殻からぬけていく感覚。
そこは、覚悟という領域で、正中線がど真ん中に整った状態ではないか。
そこは清々しくあり、自分さえ両腕で包むことができるのでしょう。
ご縁に感謝いたします🍀
