白衣です🌺



最近、内観に至る時間が増えて不思議な感覚の日々です。




あるお世話になっている方から連絡がありました。


『○○さんが永眠されました。』と。


○○さん。


初めて会ったのは6年前。


不思議なご縁でたまたま話し、彼女は乳がんを煩っていると話してました。


けれど、治療をやめたとその時に笑って話してました。


医師に手術をしないと命に関わると言われても、それでもいいと病院から離れたことを当時ききました。


意識の学びやヒーリングなどを受けていると。




彼女が亡くなったことで、周りの方や一緒に学ばれた方が『治療って何だろう。ヒーリングって何だろう』と話してると聞いた時に、違和感が沸き上がりました。


彼女は負けた?選択を間違った?可哀想な人生だったのか?



私は最近の彼女の悩みや治療のことなど、何をしてたのかも、ほとんど知りませんでした。


でも、明るく逞しく自分の命の選択は自分でしたい、と語っていた姿を思い出し、本当に精一杯に生きたんだと祝福したい想いしかありませんでした。


治療をしてもしなくても、ヒーリングを受けても受けなくても、何を選んでも、どれが正解なのかなんて、誰にも分からないことじゃないのか。



彼女の悩みや最期が苦しいものであったとしても、本当にそれが彼女の人生すべてだったと他人が決めつけてよいのだろうか。


彼女しか体感し得なかった、彼女だから訪れた人知を越えた現象が起こったはずだと、私は思います。



彼女自身が自分の学びを知った時、この人生でこんなにも命に向き合い懸命に生きた自分の尊さを、例え、話ができなくなった状態でさえ、訪れたのではないのか。


ご家族の苦しみも傷も計り知れない。


でも、その体感や悟りは、側にいた家族でも共有できないのでは。


まして、他人なら、視覚で見たままの印象しか語れない。



私は、彼女が精一杯生きたこと、出会えたこと、こうしてる今も彼女の笑顔が浮かんで繋がれてること、全てが奇跡だと。



彼女が大変だったとか、治療がどうだったのかを語ることなんて、私には無意味でした。


彼女の選択はその時、その時に最善であったと思うから。


結果にこだわると、後悔は付き物。でも、そこが真実なのか?



私は心から、肉体を使って生き抜いた彼女を尊敬します。



そして、私の足元を照らして進ませてくれてることにありがとうしかない。



そして、どれだけの人達の足元を照らしているのかも知ってる。



本当にありがとう。またいつか語り合おうね。