お気楽人生劇場
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近況報告

塩野七生の『ローマ人の物語』を文庫で24巻まで読んでいます。


ただただ現代よりも人間として進んでいるローマ人てスゲーと感心してしまいます。

凄過ぎて感想を書こうとしても塩野七生の受け売りしか思い浮かばなく書けない状態が続いております。

これを読まなきゃ人生の損失と言っても過言ではありません。

読むと現代の捉え方が絶対変わるから!

平易な文章で実に有意義なことが書いてあるからみんなも読んでみて!

奥田英朗『マドンナ』

マドンナ/奥田 英朗
¥620
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表題作を含む五編からなる短編集。

女性が読むと女性の心理が上手く書かれているところがツボらしいのですが、私は主人公である40代サラリーマンの懊悩におおきく同情しました。

『ダンス』

大学へは行かない。ダンサーになる。

高二の息子、俊輔がそう言いだしたのを妻の千里から聞いた。

三年生になると進路別のクラス編成があって、進学しない子は私立文科系にまわされる。

成績は普通なので親としては国立文科系を志望してくれることを希望する。

主人公、田中芳雄は若い頃はジミー・ペイジに弟子入りしにロンドンへ行きたかった―。

そんなことを思い出しながら、息子が早く一時の熱から醒めてくれることを願う。

しかし、息子のダンス熱はますます高まるばかりで、高校を卒業したらダンススクールの専門学校へ行って、スクールでアルバイトをして自立することを望む。

その熱に妻の千里も感化され次第に息子を応援し始める。

「現実を見ていない」芳雄はいきり立つが妻すら説得できない。

そんな中、会社でも問題が持ち上がる。

営業四課課長の芳雄は飯島部長に倣い毎朝八時半に出社し、自分でコーヒーをいれ、経済新聞に目を通す。

五人いる課長の中でただ一人、同期の浅野だけは定時出社だ。

そんな浅野を飯島部長は目の敵にする。

芳雄の目から見れば浅野は入社1年目から社員旅行を欠席し常にマイペース、それが浅野だとの認識があるが飯島部長は許せず芳雄との話し合いのなか、浅野を次の社内運動会に不参加だったら降格人事にすることを決めてしまう。

同期の人間を自分の部下にはしたくない、それ以上に何かが嫌だった。自分なら一も二もなく頭を下げる。なのに浅野は下げない。馬鹿な痩せ我慢を続ける四十男がいる。いくら説得を試みても「いいよ、いいよ、おれは」と浅野はかすかに苦笑し、かぶりを振るばかりだった。

しかし運動会当日、浅野は参加していた。局長が浅野に電話を入れたらしい。飯島の顔を立ててやってくれ、と。その局長は総務から釘を刺されたようだ。人事課の決めたことを尊重して欲しい、と。浅野は若い社員たちに混じって障害物競走に出ていた。飯島部長だけが少々不機嫌。

昼食後は部局対抗の応援合戦になった。予定では空手の型を披露するはずだったが、飯島が課長五人で阿波踊りをやれと言い出す始末。矛先が浅野に向かっていた。

浅野をかばおうと思った芳雄は飯島と口論に、そんなつもりは毛頭なかったがついには喧嘩になってしまった。

その夜、芳雄は酒に酔った勢いで役員室より遠い俊輔のいる二階へ足音を立てて上がっていった―。

父が息子を心配する気持ちと、会社の輪の中に入らない同期の人間を心配する気持ちが不思議とオーバーラップする。

サラリーマンの生き方を肯定してきた主人公芳雄が、そこから外れた生き方を望む人間に対する苦りきった気持ちや、反面うらやましく感じること、なんとか丸くおさめようとサラリーマンとして奮闘するところが良い。

父と息子とのもどかしい距離感が絶妙。

立場が人を作るのかはたまたその逆か、そういったことも考えさせられる佳作です。

ドストエフスキー『罪と罰』

罪と罰〈上〉/ドストエフスキー
¥798
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超有名な大作です。

今回は読むのに苦労した、上巻を読み終わるのに2週間かかった。

まず一人の人物を別々の人物かと思ってしまう(私だけ?)ロシア独特の人名呼称の複雑さ、冗長ではないが冗長のように思える延々と続くセリフに苦戦しました。l

そして「ラザロの復活」の件では、またキリスト教かと辟易してしまいましたが、次の場面の主人公ラスコーリニコフと予審判事ポリフィーリイの対決の場面は『刑事コロンボ』でのコロンボvs知能犯のように緊迫し、それから一気に最後まで読みきってしまいました。

これがただの知的対決ではないのです。

ラスコーリニコフが絶えず憤怒に身を包み、挑発してみたり裏の裏を読もうとするのがまるで心を病んでいた自分をリアルに再現しているようでゾッとすると同時に、ドストエフスキーの観察眼の鋭さと正確さに舌を巻いてしまいました。


さて本題、主人公ラスコーリニコフが考え出した理論「人間は凡人と非凡人に分けられる。凡人は法律を踏み越える権利はないが、非凡人はナポレオンのように大きな善の目的のためには殺人を犯しても許される」(これは私が大幅に簡略化した理論です)という理論に納得した人、反論できない人はぜひ読んでみて下さい。

ネットでの評価は新潮文庫版より岩波文庫版のほうが読み易いみたい。

本当は誰かが言っていたように「倫理の相対化の残酷な帰結を描いた不朽の名作」とかカッコイイこと言いたかったんですが、なんせ「凡人」ですのでこの程度です。


それでは皆様、来年もよろしくお願いします、良いお年をお迎えください。



以下、ネタバレ注意です。

自分の為に書いたので特につまらないです。



ラスコーリニコフが服役中、下手な知識を持っている奴より無学な連中のほうが生活を尊重し聡明であると認めているにもかかわらず、無学な連中から嫌われていた件では私が自衛隊にいた頃のことを思い出す。

当時私は27歳、周りは189歳で、そいつ等の話すことといったら下ネタだけなので、幼ちいなぁと思いつつ、寝ても覚めても一日中顔を突き合せなきゃいけない閉塞感を解消する唯一の方法だと知っていたから一緒になって笑っていた。が、そいつ等には嫌われており、なんで嫌われていたのか分からずずっと消化不良だった。

ラスコーリニコフが愛に目覚めて周りの受刑者に受け入れらることにより私の中の何かが昇華された。

以前の私ならそんな不確かなもので解決なんてドストエフスキーも甘ちゃんだな、バカヤローと怒って馬鹿にしていただろう。

しかし、失敗ばかりの泥まみれの人生を歩んできた私には受身ではない、積極的に信じれる何かがある。

子供の頃の私はそういうのが自己愛が産み出す負け犬の遠吠えだと認識しておりそんな大人になりたくないとずっと思っていた。

しかし今、私の頭では弾き出せなかったものが確かに心にあるのです。