高齢者の生き甲斐について。今回は、思ったことを述べさせてもらいます

通所リハで、利用者さんから、「娘の家で、邪魔な存在で早く死んでしまいたい」とか、高齢者の立場で自分の生き甲斐を見失ってる人が多いと思う。家族の立場から見たら、そんなこと一言も言ってなくても高齢者の立場に立って見たらそう感じるんだと思う。
もしも自分もその立場だったら、そう思うと思う。
今の一戸建ての間取りから見ても、1Fには和室とLDKがあって、和室に高齢者のベッドを置いてあたかも、娘・息子の家で自分が陣取ってしまってる立場になってしまう。
それだけでも、「自分がいなくなれば、娘(息子)たちがは自分の家庭をもっとスムーズに営むことができるんだろうな」って思う。
高齢者の家族にとって見たら、大切なお父さん・お母さん・おじいちゃん・おばあちゃんであって、全くそんなこと思ってなくても、当事者側は感じてしまう。
自分の親も70歳近くになってきた。
運転もちょっと怖いところがあるし、少しづつ活動範囲も狭くなってきてる所とか気になる。
元気で、活きいき出来る時間を少しでも長く過ごしてもらうために、
役割って重要だと思う。
役割を与えられてると感づかれないように、一緒に作るものだと思う。
ただ、与えるものでもないと思うし、能動的な役割の方が大事だと思う。
そう言った、思いを家族さんにもわかってもらえたらいいな。
「いてくれるだけでも私は幸せです。」
「今まで育ててくれてありがとう。ゆっくりしてね」
とか、母の日・父の日に少し手紙書くだけども、高齢者の気持ちは楽になるような気がします。
うーん、マンダム