(劇評)「男性優位社会の落日」原力雄 | かなざわリージョナルシアター「劇評」ブログ

かなざわリージョナルシアター「劇評」ブログ

本ブログは金沢市民芸術村ドラマ工房が2015年度より開催している「かなざわリージョナルシアター」の劇評を掲載しています。
劇評を書くメンバーは関連事業である劇評講座の受講生で、本名または固定ハンドルで投稿します。

この文章は、2020年11月28日(土)19:00開演のチロルマーケット『八人の女』についての劇評です。

チロルマーケット『八人の女』(作:ロベール・トマ、訳:和田誠一、構成:勢登香理)は、吹雪によって外部から孤立した邸宅で殺されたマルセルという資産家の男を巡り、一緒に住んでいた妻や2人の娘、親族、使用人といった女性ばかり8人が犯人探しを行う密室ミステリーだ。「かなざわリージョナルシアター2020げきみる」の一環として、金沢市民芸術村ドラマ工房でリーディング公演が行われた。地元の実力派女優たちによる競演は見(聞き?)応えがあったが、何となく時代の変化に対して鈍感な、古めかしい作品という印象を受けた。

マルセルの殺人事件に関し、8人の女たちがお互いに疑いの目を向け合う中で、それぞれの負い目や不都合な真実、彼に対する裏切りが暴かれていく。遺産を相続することになる妻ギャビー(東千絵)は、夫を窮地に陥らせた共同経営者ジャックと浮気しており、その男と海外へ駆け落ちする寸前だった。また、マルセルの妹で自由奔放な生き方をしてきたピエレット(吉村圭子)もジャックに入れ込んでおり、兄から引き出したお金を彼に貢いだのだが、そのお金はジャックとギャビーの逃走資金になってしまっていた。同じ家にはギャビーの年老いた母マミー(新宅安紀子)と独身の妹オーギュスティーヌ(斉藤清美)もマルセルの厚意を受けて一緒に暮らしていた。そこへちょうどマルセルの長女シュゾン(金山古都美)が留学先のイギリスから帰国し、まだ15歳の次女キャトリーヌ(宗村春菜)と再会の喜びを分かち合う。この家を長年にわたって支えてきた家政婦シャネル(山本久美子)と新入りの小間使いルイズ(勢登香理)もいる。そのうちシュゾンは未婚での妊娠が発覚する。ルイズはマルセルと愛人関係にあり、オーギュスティーヌも密かにマルセルへの恋心を募らせていた。

1961年に初演されたロベール・トマの戯曲は、何度も舞台化され、映画にもなった 。一種の古典と言える。そこでは女たちが一人の金持ち男に群がり、性的魅力で誘惑したり、弱さをアピールして同情させるなど、あの手この手で彼から利益を得ようとする姿が描かれる。例えば、いつも車椅子に乗っている老婆マミーも、実はスタスタと歩けるのに、マルセルに哀れみを催させるために弱いふりをしていたのだ。当時から60年も経った現代において、そのような女性たちの強欲なエゴイストぶりをナンセンスなブラックコメディーとして笑い飛ばすのならまだわかる。しかし、今回の作品はシリアスな劇として上演されたため、正直言って、そんな女たち、今でもいるんですか?と聞きたくなった。いや、現実にはまだいくらでもいるんだろうけど、ドラマの登場人物としてはあまり興味をそそられなかった。

ふと、公演チラシを見たが、演出のクレジットが記載されていなかった。作品に対して誰が最終的に責任を負っているのかが曖昧なのだ。もちろん、出演者は皆、金沢でも折り紙つきの名だたる女優たちだ。全員で意見を出し合って作り上げたのだろうことは想像に難くない。しかし、全体を方向付ける演出の視点がなかったため、出来上がった作品がどんな新しい価値を生み出せるかについては、あまり考えられていなかったのではないだろうか?

少し前、男女の役割がきっちりと固定されていた時代なら、羽振りの良い男を手玉に取るような逞しい女性像は称賛されたかもしれない。女たちは男を利用することでしか自分の人生を実現できなかったからだ。しかし、今はどうだろうか。少なくとも私には、やたらと男に頼るよりも、一人で健気に生きようとする女性の方がドラマの登場人物として魅力的に映る。

8人の女たちが1人の男にぶら下がって生き、都合が悪くなって殺してしまうというストーリーは、あまりにも希望がなさすぎた。この作品の根底にある男尊女卑的なイデオロギーについて、出演者の誰も疑問を抱かなかったのだろうか?とは言え、最終的に金づるの男が死んだことにより、女たちはすがる相手がいなくなった。男性優位社会が終わり、これからは否応なく、自分の力で生きて行かなくてはならない。そんな風に女性たちが自らを解き放ち、自立していく物語として読み解くことも可能だろう。それならそれで、上演に際してはもっと溌剌とした新鮮さを発揮してもらいたかった。私は見ていて、居心地が悪かった。自分勝手に生きながら面倒な責任だけは男性に押し付ける女たちに対し、素直に共感できなかったからだ。

(12/6、一部を訂正しました。)