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きのうは、
多賀城市で行われた、
多賀城跡第87次発掘調査現地説明会にいってきました。
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今回の調査は、多賀城市による外郭南門復元計画にむけての再調査。
南門跡の構造・規模の確認が目的です。

また、多賀城では近年の調査により、この場所の北120mの地点で第1期の門跡がみつかっています。
南門跡では過去2回発掘が行われていますが、第1期の門跡はみつかっていません。
今回はその再確認も行われました。
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調査では、創建段階の門跡は発見されませんでした。
また、第2期(762~780年)の門の規模が、これまで考えられていたよりも大きかったことが分かりました。

南門は2階建てと推定されています。
門に接続する築地塀は5mの高さで、写真で調査員さんが建てている棒と同じくらいの高さがありました。
門の高さはそのおよそ2倍ぐらいの高さであったとみられています。
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門の両側に接続する築地塀は、現状で1.5mほどの高さで残っています。

築地塀は経年で崩れたり壊れたりするため、造り直しが行われます。

断面を調べると、第2期に造られた部分、第3期(780~869年)に修理した部分、第4期(869~10世紀後半)に修理した部分があることが分かりました。
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築地塀は、両側に板を立て掛け、その中に土を敷き詰め、それを突き固める、その繰り返しで何十層もの硬い土の層からなる土塀を造っていきます。

築地塀の両側からは、その両側の板を立て掛ける際に、それを支えた柱を据えるための穴(添柱穴)がみつかりました。
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左の写真で調査員さんが示しているのは、第3期の門の柱を据えるための礎石を据えた穴。
門の重みで柱が沈まないよう、根石を入れるなどして基礎工事を行っています。

門の範囲全体も、掘込地業と呼ばれる地盤改良工事を行って、硬く締った状態にしています。
掘込地業が行われた範囲から、その上に建てられた建物自体の平面規模も推定できます。
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こちらは遺物の見学コーナー。

どうやら今回出土したものではなくて、
多賀城の各年代の代表的な瓦を並べていたようです。

多賀城市では、多賀城跡周辺で様々な整備計画があるようです。
今回の調査のきっかけとなった、南門復元、完成したらすごいでしょうね。

調査成果についても、外郭南門の実態、そして創建期の多賀城の姿を考える上で重要な成果でした。
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【参考文献】
宮城県多賀城跡調査研究所 2014 「多賀城跡第87次発掘調査現地説明会資料」