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きょうは、
福島県国見町で行われた、
阿津賀志山防塁第15次発掘調査現地説明会にいってきました。

天気が悪く、終始小雨が降ってて寒い。

説明会の前に、まず地表顕在遺構が確認できる、二重堀地区と高橋地区を見学しました。

上は二重堀地区の様子を南から撮影したもの。
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阿津賀志山防塁は、源義経死後、奥州藤原氏討伐のため東北地方に軍を進めた頼朝率いる鎌倉軍に対し、藤原泰衡がこれを迎え撃つために築いたものです。

古代の東山道が通るこの地は、交通の要衝。

そこに、北西から南東に向かって、総延長3km以上もの長さにわたって、堀と土塁が造られています。

2枚目の写真は、これも二重堀地区の様子を北から撮影したもの。
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こちらは、先ほどの二重堀地区から歩いて10分ほどのところにある高橋地区。

ここでも堀と土塁を確認することができます。

正面手前側の独立峰は、防塁の名前の元になった厚樫山。
この山のふもとから、防塁は続いています。
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さて、午後には見学会。
見学会の間も小雨は降り続け、風もあって寒かったです。

参加者は30名ほど。

今回調査が行われたのは、東国見地区。

阿津賀志山防塁は国の史跡に指定されているのですが、今回の調査地点は指定範囲外。
防塁に関係するとみられる古道の位置確認が目的でした。
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調査では、古代の東山道とみられる遺構や、近世の奥州道とみられる遺構がみつかりました。

東山道とみられる遺構は、防塁によって分断されていることから、藤原氏側が交通を遮断する形で防塁を築いたことが分かります。

国見町では防塁の調査を継続しながら、その整備活用を今後図っていくということでした。
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【参考文献】
国見町教育委員会 2014 「国指定史跡阿津賀志山防塁第15次発掘調査現地説明会資料」