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11月1日(土)、
福島県の南相馬市で行われた、天化沢A遺跡の現地説明会に行ってきました。

仙台から原町駅まで高速バスで2時間、
駅から現地まで歩いて1時間半、
なかなかしんどかったです。

最初の写真は、天化沢A遺跡の北西からの遠景です。

海から約1.5km、標高20~30mの丘陵上に遺跡は立地しています。
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天気が悪かったので開催するのか不安でしたが、
会場にはおよそ50人ほどの市内外の方たちが集まりました。

現場の見学は中止で、調査成果の説明と、出土遺物の解説が行われました。

相馬地方には210を超える製鉄遺跡があり、全国有数の製鉄遺跡集中地帯となっています。

天化沢A遺跡の北東約2kmに位置する金沢製鉄遺跡群では、発掘調査で古代の製鉄炉123基、木炭窯152基、鍛冶炉20基、竪穴住居跡133棟、掘立柱建物跡29棟などがみつかっています。
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今回の発掘調査は、津波で浸水した水田のかさ上げに用いる土取り工事にあたっての、事前の発掘調査です。約3万平米という広大な調査面積です。

調査には、新潟や東京など、全国各地から応援のため派遣された調査員の方々も従事されていらっしゃいます。

調査では、奈良時代や平安時代の竪穴住居跡13棟、製鉄炉14基、平地式木炭窯18基などが発見されています。

相馬地方の他の遺跡では長方形の製鉄炉がほとんどだそうですが、この遺跡では円形の炉が多いことが分かりました。
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こちらの写真で調査員の方が持っているのは、製鉄炉の部品の一部で、炉に空気を送り込むための羽口(はぐち)と呼ばれるものです。

大小2つのタイプのものが見つかっています。

相馬地方で古代に製鉄がさかんに行われたのは、古代国家による東北への領域拡大の政策が関係していたと考えられています。

7世紀には西日本、8世紀には関東から技術者を移住させ、東北支配に必要な武器・工具・農耕具・仏具などに用いる大量の鉄素材を生産していました。
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また、今回の調査では、この地で製鉄が行われるよりも前、弥生時代の遺構や遺物も見つかりました。

弥生時代中期後半の土器棺墓(遺体を土器に納めて埋葬した)1基のほか、石庖丁(完品1、未成品1)などが発見されています。


海が近いこの丘の上で、各時代にわたって人々の営みがあったことを、今回の調査成果は教えてくれています。
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【参考文献】
公益財団法人福島県文化振興財団 2014 「天化沢A遺跡現地説明会資料」
飯村均 2005 『律令国家の対蝦夷政策 相馬の製鉄遺跡群』(シリーズ「遺跡を学ぶ」21)新泉社
能登谷宣康 2010 「相馬地方の古代製鉄」『南東北の古代製鉄』(第21回えみし文化ゼミナール資料集)
3番目の論考はweb上で読むことができます。
http://emisi.com/material/21_2010.9/21material.htm
(えみし学会HPより。左側のメニューから論考タイトルを選択)